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楽園の紛糾
Hold you tight1





「大体の予想でいい。会見の場として使われそうな場所だ……」
 ヘルヴェルト艦に潜入した黒木率いるフェニックス海兵隊は、艦内の図面をディスプレイに呼び出して、進むべき方向を確認していた。
「ラウンジじゃなけりゃ、会議室あたりですかね……。2ケ所あります」
 火器システム管理室に陣取った彼等を敵が取り囲んでいる。応戦する土井垣らに守られて、黒木と湊がシステム端末に取り掛かっていた。
「ワンブロック上か……。抜け道は?」
「エレベーターだけです。ここから右へ8メートル。分かりますか?」
「よし、チェックした。ファーストアタックはエレベーターから右へ、近いほうだ」
 ふたりが画面で確認を終えたとき、突然爆音が響いて辺りに粉塵が立ち込めた。応戦する土井垣を振り返った黒木は、管理室の外の惨状から味方の仕掛けと判断した。
 敵兵の呻く声が耳につく。
「艦内で爆弾(ハナビ)は上げるなと言ってるだろうがっ!!」
 黒木が一喝すると、土井垣は困惑しながら否定した。
「オレらじゃねーっスよ。氷川の野郎……ヤツらが投げてよこしたハナビ、受け取って投げ返しやがった」
 黒木は呆れて何も返せなくなった。
「オマエ、脊髄反射だけで生きてるだろ」
 湊の指摘に氷川はほんの少しだけ頬を赤らめる。
「そんなコト……ねーっス」
「褒めてねぇ」
 湊もとことん呆れる。
 底知れない氷川の常人離れした在り方に命拾いした彼等は、呆れたまま目指す会議室へと向かった。



 大統領救出のために各ブロックをあたってきたスカーレットと野村は、ヘルヴェルト兵が取り囲むセクションを前方に確認した。
 激しい攻防が展開されている。
 ヘルヴェルト兵の執拗な攻撃から、そこが自分たちの目標である事を確信したふたりは、視線を合わせて意志を伝えあうとライフルを構えて臨戦態勢にはいった。
 呼吸を整えてからスカーレットが閃光弾を投げる。
 強い発光が辺りを包むと同時に通路に飛び出して、突然の閃光に混乱する敵兵を機関銃でなめ尽くした。
 新たな敵の襲撃に遭遇したヘルヴェルト兵は、なす術も無いまま銃弾に倒れてゆく。
 閃光弾の光が消失し、前方に動くものを認めなくなった事を確認して、ふたりは発砲を中止した。
 自分が引き起こした現実に、感情は押さえようもなく高揚する。肩で荒い呼吸をしながら自動小銃の銃口を下ろした野村は、前方の惨状に愕然とした。首や四肢が奇妙にねじ曲がり、脳髄や血液で辺りを濡らす敵兵たちの変わりはてた姿が野村の視界を直撃する。
「コラ!自分で()っといて倒れるんじゃないの」
 気が遠くなりかけた野村に、スカーレットが喝を入れた。
 頼りなく揺らぐ上体を支えられて、野村は目標に連行される。
 壁伝いにゆっくりと接近していくと、室内から桜庭と土井垣がライフルを構えて飛び出して来た。
 驚いて応戦態勢に入るスカーレットと野村だったが、互いにその姿を確 認してから銃口を逸らした。
「野村?」
 意外な人物の登場に土井垣は驚く。
 そしてその声を聞きつけて、室内から黒木が現れた。
「貴史?」
 何故こんなところに現れたのか。驚く黒木に見つめられて、野村は縋ってしまいそうになる衝動に駆られた。
 戦場で死を予感しながら、生き延びたいと願って来た。
 もう一度逢いたくて、恋しくてたまらなかった。
 自分が生きる意味を、黒木のなかに見い出しはじめている事に気づいた野村は、どうしようもなく切ない感情に溺れそうになる。
 彼はそんな自分を制するだけで精一杯だった。
「大統領は?」
 肩越しに背中からスカーレットがささやく。
 野村の意識が現実に引き戻されて、自分の目的が他にある事を思い出す。
「大統領は無事ですか」
 本当はもっと伝えたい言葉があるのに、許されない状況がもどかしい。
「――ああ、中に」
 黒木は意外な言葉に戸惑いを覚えた。
 あたかも自分を求めてやって来たような表情を見せていながら、職務に忠実な在り方を貫き通そうとする。そんな野村を不審に思っていると、彼はその後ろに控えている女の存在に気づいた。
 たぶん、ふたりで敵の懐をくぐり抜けてきたのだろう。パイロットスーツのところどころに散在する、黒く変色した血液の染みが、慣れない戦いを物語る。自分自身の手を血に染めた事など、野村にとっては初めての事だったろう。
 彼女の存在が何を意味するのか。黒木は思案した。
 ユニフォームから、明らかにクロイツの兵と分かる。
 それなのに、互いに寄り添うように佇むふたりの姿は、なにか特別な感情の交流を思わせた。
「――彼女は」
 黒木が疑問を口にした。
 そのとき、突然の振動が艦体を揺るがした。
 振動に足元をとられながら、ふと、ある予感がスカーレットの胸をよぎる。
「まさか」
 その予感を確かめるべく窓の外を見た彼女は、遠ざかるシャトルの機体を発見した。
 あわよくば、大統領を討ち取る事ができると、野心を抱いてやって来た。
 その標的の脱出を確信したスカーレットは、シャトルを追うべくフライトデッキへと走りだした。
「あ!……待って」
 彼女の後を追って野村が踵を返した。
 黒木は思わず野村を引き留めた。
「貴史!」
 黒木の声に振り向く野村は、凛とした横顔を見せる。
「大統領を頼みます」
 愛しいはずの黒木を残して、野村はスカーレットを追って行く。
 嫌な予感がした。
 黒木は彼の無事を祈って、部隊のセレスへの撤退を命じた。




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あきゅろす。
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