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楽園の紛糾
戦場7





「道理で……」
 彼女の微笑みの意味が分からないまま、緊張した野村はスカーレットを見つめる。
「このわたしを沈めたのは、ボーヤでふたりめよ。あのときはまさか、特攻をかけられるとは思わなかったわ」
「――え?」
 身に覚えのある事を言われて、野村の疑問は確信に変わる。
 スカーレットはそんな疑問をよそに、敵兵から強奪した『ハリネズミ』をセットして敵陣に投げ入れた。
「さあ。こんな所でグスグスしていられないわ」
 結果を待たずして後退するスカーレットの行動に疑問を抱いて、野村は敵陣を覗き込もうとした。
「危ないわよボーヤ。串刺しにされたいの?」
 彼女の警告が野村の行動を引き留める。野村は立ち去るスカーレットを追って戦場に背を向けた。その瞬間、大勢の断末魔の悲鳴があたりを包み、野村にふたたび恐怖が襲って来た。
「あの……」
 こんな状況では正体不明の彼女でさえ頼りたくなる。
 野村はスカーレットを追いながら歩調を合わせた。
「クロイツの……パイロットだった?」
 ためらいがちに尋ねる野村を一瞥して、スカーレットはニヤリと笑った。
「『ノムラ』というパイロットには覚えがあるわ。恋人を守るために命を張った……。麗しいわね。生きていてくれて嬉しいわ。ボーヤとはもう一度戦ってみたかったの」
 葵を恋人と思う彼女の誤解は仕方がない。あのとき葵は、野村を『大切な人』と呼ばわっていた。
「じゃあ、どうして助けてくれたんだ?」
「パイロット同士の決着は空の上でなきゃ意味がないわ。それに今は敵じゃない」
「ヘルヴェルトとは、まだ……」
 野村の質問にスカーレットはクスッと笑う。
「それは企業秘密よボーヤ」
 艶然と微笑み返す美しい笑顔に、野村は毒気を抜かれる。
 それにしても、この女戦士があのときのパイロットだったとは……と、どこに在っても果敢に戦う彼女の勇猛ぶりに、野村は敬意を抱いた。
 本当に強かった。ふたり掛かりでいてさえ苦戦し、咄嗟に判断した戦法だったが、まともにぶつかりあっていてはとてもかなわなかっただろう。
「わたしはHEAVEN大統領を救出に来たのだけれど……ボーヤはここに何しに来たの?」
 突然の質問にどう応えていいのか迷っていると、突然敵兵が現れて発砲してきた。
 スカーレットは迷わず敵兵を掃射して目標に向かう。
 何事も無かったように、呼吸を乱さない彼女の戦いぶりは、野村を愕然とさせた。あちこちから聞こえる複数の銃声が、自分たちが戦場の中心に向かっている事を確信させる。野村は、自分が発砲する間もなく敵兵をなぎ払って行くスカーレットの姿に驚きを隠せなかった。
 ふと、スカーレットが足を止めた。
 銃声がすぐ傍に聞こえる。
 通路の向こうを覗いた彼女は、そこが目的地である事を確信した。
「多分あそこの作戦会議室に籠もっているのでしょうね。味方はまだ足止めされている……。ボーヤはどうするの?」
 ライフルを構えて戦意を昂揚させるスカーレットに訊ねられて野村は考えた。
 何の目的意識もなく、ただ聖を追ってやって来た。だが、彼女から離れ難かったために、こんな激戦区である戦いの中心にまでやってきてしまった。
 命を救ってくれた彼女に加担しても悪くは無い。それどころか、戦況さえ左右する場面でもあるのだ。ここで退いては、かえって後味が悪いだろう。
「――お姉さんについて行きます」
 自動小銃をフルオートに変換して構える野村を見て、スカーレットは満足そうに笑った。
「いい子ね……。嬉しいわ」
 スカーレットの手が、野村の襟を掴んで引き寄せた。
 不意をつかれた野村の唇が、スカーレットのディープなキスで塞がれる。抵抗する事もできずにただ茫然としたままの野村を見て、彼女は艶然と微笑んだ。
「無理なお願いを聞いて来たんだから、このくらいの役得がなければね」
 スカーレットの言葉から、野村は何かを予感する。
 クロイツが介入するその裏に、一体何があるのか。
「誰に、頼まれて?」
「それも企業秘密……と言いたいところだけど、他言しないのなら教えてあげるわ。あなたフェニックスのパイロットでしょう?」
 野村は視線で疑問を投げる。
「――『シンゴ』よ」
「え、慎吾?」
 驚きを隠せない野村の表情を見て、隠すことのない感情が可愛らしいと思えた。スカーレットは思わず微笑みで返してから激戦区に向かって走りだした。
「あいつ……生きてるの?」
 彼女を失っては真実は闇に葬られる。そんな気がして、野村は彼女を守るためにその背中を追って戦場へと向かった。





8.戦場
――終――


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あきゅろす。
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