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楽園の紛糾
戦場5





(――クロイツが介入してる?)
 フェニックスの通信システムに侵入して、その内容を傍受していた響姫が、杉崎と一条のやり取りを聞いて眉をひそめた。
 まさか、ふたたび彼が現れるという事はないだろう。
 響姫はクロイツに拉致されている早乙女を案じていた。
「なに? また戦況ハックしてるんですか?」
 システムの端末と睨み合っている響姫の横からキムが画面を覗きこんできた。
「人聞きが悪いな……。情報収集だよ」
「あら! 杉崎少佐じゃない。……どうしたの?」
 画面に現れた次郎と一条の険悪な掛け合いにキムは呆れた。
「ギャラクシアの艦長に就任したらしいな……。あの負傷は遮那王からの餞別といったトコか……」
 喉の奥で笑いを圧し殺して響姫は画面を眺めていた。そこに、興味を示したソニアと里加子が参入してきた。
「いい気味よ。……一条艦長に感謝したいわ」
 不機嫌に言い放つ里加子。ソニアはそれを聞いてニヤリと笑う。
「だから男なんてやめときなさいって言ったじゃない。あんな低俗な生き物と高尚な愛を語るなんて不可能なのよ」
 里加子の耳元に囁いて傷心に追い打ちをかけるその言葉に、響姫はピクリと眉間に皺をよせて反応した。
「君はまだ、俺がその低俗な男性であるとの認識がないようだが」
「そ、それは」
 響姫の指摘に、ソニアはギクリと身体を強張らせて失言に気づいた。
 そして、苦し紛れに笑ってごまかし、言い訳を並べる。
「先生は別格よお。心に決めたたったひとりの方を愛し続ける高貴なお姿は、あたしあこがれちゃうわぁ!」
「そーねぇ……。こいつみたいな、サイテーの遊び人と同族扱いじゃ失礼よねぇ」
 その言い訳と里加子のフォローは、キムと響姫にさらなる追い打ちをかけた。
 艦内の独身男性たちとそれなりに楽しんでいるキムと、一時の気の迷いから不倫の泥沼に足を踏み入れてしまった前科を持つ響姫には、ふたりの言葉は耳が痛い。
「熱血直情バカぁ?嘘よぉ、こんな冷めた奴」
 一条の指摘を否定する里加子にソニアが同意した。
「――単なる戦バカなんでしょ?」
「あ、言えてる。戦場で精力使い果たしてるのよねぇ、きっと」
「あ〜あ……下品ねぇ。もうすぐこんな見境のない連中が押しかけるわよ……。今のうちに休憩しておきましょ。いいハーブティーがあるの」
 ソニアは興醒めしたように画面から視線を逸らすと、里加子を誘った。
「なんだか、次郎に同情してしまうな」
 踵を返すふたりを見送ってから、響姫がつぶやく。
 不能呼ばわりまでされては堪らない。
「確か、里加子のほうが強引に犯っちゃった……って聞いたんだけど」
 キムも同様につぶやいてため息をついた。
「誰に?」
「土井垣曹長です」
「ふ〜ん……。アイツだろ? 仕掛けたの……。まえは自分でよく口説いていたのに」
「ええ。……まったく、こんなふうになるんだったら、あたしが手ぇ付けときゃよかったわ」
 不満げな彼女の表情を見上げて、響姫は同胞に近い感情を抱く。
「そんなコトを言ってたら、遊び人呼ばわりされるぞ」
「遊び人結構。ひとりに固執するなんて性に合わないし、だいたいモノセックスしか愛せないなんてどーかしてるわ。先生は違うんでしょう?まえはセレスの彼女と付き合ってたみたいだし」
 ニヤリと笑うキムの洞察に、響姫はギクリと身を強ばらせた。
「いいのよ、隠さなくたって。あんまりこだわっているのを見ると、その人間性を愛してるのかSEXを愛してるのか分かんなくなっちゃうわ」
 この彼女は随分と核心をついた事を言う。
 響姫は彼女の言い分に耳を傾けた。
「条件を自分で狭めて、本当にいいものを見逃してる。ホントに下らない。先生もそう思うでしょう?」
 響姫は何も言わずに微笑みで返す。
 同性であるという事をタブーとしてきた自分のこだわりを捨てて、本物の相手を手に入れた彼には、キムの主張はよく理解できた。
「あ〜あ。こんなに傍に居るのに、どうして気付かないのかしらねぇ……」
 キムはそうつぶやいてから、処置台に置いていた聴診器を取って首にかけた。
 矛盾を秘めた意外なそのセリフに響姫の視線が誘われる。
「――やっぱり、君も誰かに縛られてみたいのか?」
「そうね……」
 ふと無意識に口をついて出た言葉に、自分でも気付く。
 いろいろな相手との関係を重ねて来た彼女もまた、実のところずっとソニアを想ってきていた。
「独りで居るのが長いと、たまにはそういうのも悪くないって思えるわね」
 処置台の上に腰掛けて、脚を組んで媚態を見せる彼女は響姫に尋ねた。
「――わたしを縛ってくださる? センセ」
「いや……。どうも俺は、浮気できる甲斐性が無いみたいだから。遠慮しとくよ」
「ふふ……。ケイケン有り?」
 彼女は意味深に笑う。
 響姫は少しだけ困ったような視線で応えた。
「俺だって、プライベートまでが聖職者というわけではないからね」
「いいわね……。何だか安心したわ、人間くさくって」
 キムは処置台から降りて休憩室に向かう。
「多かれ少なかれ、皆んなそれなりにそういうトコロを抱えているんだと思うと、救われるわ」
「――君は聖職者だよ」
 フェニックスでのキムの役割を少なからず感じ取っていた響姫は、彼女の在り方を蔑視する事はなかった。
 随分多くの兵たちが、キムを慕ってやってきていた。
 それはまるで、母親を求める子供のように素直で温かい感情のように思える。
 勿論、その事はソニアも知っていた。
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
 穏やかな笑顔を残して、彼女は診療室を後にした。



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