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楽園の紛糾
戦場4





「島津、主砲のエネルギーを20パーセントまでダウンさせろ」
 ギャラクシアのブリッヂで、次郎がシューティングオペレーターに命じた。
 敵を目前にして一体何を言い出すのか。
 命令を受けた島津はその意図が掴めずにいた。
「目標遮那王。外すなよ?」
 ブリッヂのオペレーターと副長は、驚いて次郎を振り返った。
 この新艦長はいったい何を考えているのか。
 彼等は理解に苦しんでいた。
「何? ……嫌?」
 言葉を失ったまま、ただ首を振るだけの島津に次郎は凄んで見せる。
「嫌なら俺が撃つ。……どけ」
 その次の瞬間、ギャラクシアの主砲が遮那王に直撃した。
 遮那王のブリッヂは後方からの攻撃に大混乱をきたしていた。
「ギャラクシアが撃ってきただと? ……この期に及んでまだ粛正する気か!?」
 呆れる一条に、パイロットが指摘する。
「そんな熱血な野郎は……奴、でしょうかね」
「まさか」
 半信半疑で繋いだラインでギャラクシアに確認すると、その予感が的中していた事が判明した。
「ジロっっ! おまえ――っっ!」
 スクリーンに映る次郎の高笑いが一条の神経を逆撫でする。
「なんやそのクソ生意気な艦長服は!」
「運は俺に味方したぜ。ギャラクシアはあんたらのいい置き土産だった」
 次郎はスクリーンに向かって凶悪な笑みを向けた。
「冗談もたいがいにせぇやっっ!」
「俺ぁホンキだぜ。あんたらを沈めるためにシヴァくんだりまでやって来たんだ。このくらいはしねーと、どうにも収まらねんだよ。たった一発で勘弁してやったんだ。有り難いと思え」
「――のヤロー……。杉崎の二番目やからと思って甘い顔してりゃあつけ上がりくさって……。哨戒艦ナメんなっっ!」
「じょーとーだあっっ! 兄貴のダチだからって遠慮してりゃあ好き放題ヤリやがって!!」
「おまえらいい加減にしないかっっ!」
 遮那王とギャラクシアの交信を傍受していたフェニックスから、杉崎の怒声が飛んで来た。
「この非常時に何をやってる! 少しは謹めっっ!」
 そんな杉崎の剣幕にも負けず、一条が言い返した。
「お杉ぃ……。おまえの弟なぁ、教育がなってないぞ。この熱血直情バカ、何とかしとけ」
 それを聞いた次郎もムッとして言い返す。
「兄貴よぉ……。もっと友達選べよ。こんなヤクザもんと付き合っていたら、いつかは身の破滅だぜえ?」
 杉崎はふたりの主張に感心してしまう。
『熱血直情バカ』と『ヤクザ』、確かにその通りだと思う。
 杉崎は何も言えなくなってしまった。
「もういい……。今は戦闘中だ、集中しろ。いいな」
 遮那王で艦長と副長という関係は一月足らずだったのに、互いの事をよく分かり合っている。
 なんだかんだと言いながら、互いが一番の理解者なのではないかと思いつつ、杉崎はラインを切った。
「不本意だが加勢する。戦が終わっても逃げんじゃねーぞ」
「どアホ!そりゃあこっちのセリフじゃ!ボケっっ!」
 互いの捨てゼリフを残してラインは切られた。
 ギャラクシアのブリッヂは、艦長たちの決して紳士的とは言い難いやりとりを目の当たりにして静まり返っていた。
 次郎は赴任したばかりの部署で、少しばかりやり過ぎたかといささか後悔の念を抱く。
「さて……」
 気を取り直して指令席に着き、呼吸を整える。
「全艦戦闘配備。戦闘機隊、第一小隊はセレスの支援に、第二小隊はギャラクシア周辺の護衛に着かせろ」
 艦長らしい初めての指令に、ブリッヂオペレーターたちは新鮮さを覚えた。
「海兵隊出動。セレスに突入し大統領救出に向かうよう伝えろ」
 オペレーターが指令を伝える中、次郎はヘッドセットのダイヤルを切り替えて、フライトデッキに待機しているパイロットを呼び出した。
「――はい。諸星です」
 戦闘機隊隊長である彼に、次郎は作戦の成功を託す。
「海兵隊がセレスに突入する。それの護衛についてくれ」
「了解しました」
「セレスへの突入が成功した後は、その周辺の護りに入って欲しい」
「任せてください」
 ギャラクシア全艦が活気を帯びる。
 発進して行くエルフとガイアスを見送って、次郎は艦の動向を指示した。
「敵艦隊に向けて前進。射程内に入り次第砲撃を開始する。島津、今度はエネルギーを上げておけ。必殺の一撃を出すぞ」
「はい。リアクター圧力上昇します」
「技師長。敵艦の射程距離を割り出しておいてくれ」
「了解」
「副長」
「あ、はい」
 それまで、ただ茫然と次郎の言動を眺めていた副長は、艦長の呼びかけに過敏に反応した。
 あの哨戒艦上がりの、しかもあの一条艦長と対等に渡り合う新艦長に、副長はいささかの畏怖の念を抱いていた。
 顔中修羅場だったのは、退艦ついでに遮那王で一戦交えて来たに違いない。
 そう認識していた彼は、この血の気の多そうな艦長が恐くてたまらなかった。
 トパーズのような輝きを持つ瞳が、恐怖を示して向けられている。次郎はその恐怖心を知って苦笑した。
 次郎の笑顔に彼は動揺して、どう反応していいのか迷う。
「そう警戒しないでくれ。遮那王とは怨恨が深すぎて、理性的ではいられなくてね」
 あれだけボコボコにされては、そうなるのも仕方がないと思える。
「自分が遮那王にいたのは一月足らずだ。フェニックスでの在籍のほうがずっと長いので、フェニックス出身だと思ってもらったほうが有り難い」
 哨戒艦特有の、多血質でケンカっ早い性分ではないと弁解する次郎に、理性が負けるとああなるのかと副長は困惑した。
「では、今後は理性的でいていただけると?」
 こわごわ返すと、艦長はニヤリと笑う。
「それは君たちの態度如何による」
 やはり、この艦長は恐い。
「君たちの働きにも期待している。フェニックスは優秀なスタッフが揃っていた。このギャラクシアも優秀な艦になるとの前評判を耳にしている」
 あんな士官と将校だらけのフェニックスと比べられてもどう仕様もない。
 副長は心で涙を呑んだ。
「では副長。きみは戦闘情報室と連携して、管制室で指揮を執ってくれ。戦闘機隊の指揮は君に任せる」
 次郎の指示に副長はいささかの戸惑いを見せた。その様子を次郎は見逃さない。
「ところで副長。アレクサンドル・パスカルという名前には、残念ながら憶えがないんだ……。きみの前任はどこだった?」
「はい。……セレスのオペレーターでした」
「部署は?」
「ブリッヂで、シューティングを」
 道理で管制室と聞いてためらうはずだ。
 ウィルが、沢口を欲しがっていたのもうなずける。彼の抜けた穴は大きいと見た。
 次郎は副長に同情して失笑した。意外な笑顔を見て、副長は畏怖とは違う戸惑いを覚えた。
「自分はパイロット上がりだから、実を言うと管制室の方が性に合っているんだが。何事も経験していかなければな……」
 副長の動揺を察して、次郎はやんわりとその背中を押した。
「――判断に困った時は相談してくれ」
 副長は一瞬、茫然と次郎を見つめてから我に返った。
「……はい。ありがとうございます」
 なんだかよく分からないが、艦長の笑顔が嬉しい。
 彼は昂揚した気分でブリッヂから出て行った。



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あきゅろす。
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