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楽園の紛糾
戦場2





「フェニックスからパワードスーツ隊が発進しました。セレスへ向かっています」
「そ…っか」
 オペレーターの報告に気のない返事をした李神龍の表情は、フェニックスの参戦を憂いていた。
 フェニックスの識別信号を偽造する事など容易い事だった。
 まさか本家本元が現れるとは予想していなかった彼は、傍観を決め込む事など出来なくなってしまった。
 ここは、何としてでもフェニックスに助力しなければならない。
「オペレーター。コニーとスカーレットに出撃命令を出してくれ」
「了解しました」
 フライトデッキで待機していたコニーらは、出撃命令を受けて待ってましたとばかりに士気を高めて返信する。
「あたしらはいつでもOKだよ」
 コニーの頼もしい了解のサインに、神龍は微笑みで返した。
「大変申し訳無いが、HEAVEN大統領の救出とセレスの援護に向かって欲しい」
 予想外の依頼にスカーレットは唖然とした。
「奴らなんてどうでもいいじゃない。双方とも潰すチャンスなのよ」
「いや。HEAVENとの摩擦は避けなければならない。我々の敵はあくまでもヘルヴェルトだ。今、HEAVENを敵に回す事は、かえって戦況を不利にさせる」
「あたしはてっきり、潰し合いをさせるのかと思っていたよ」
 コニーもまた、意外そうに返した。
「僕の予測が甘かった。哨戒艦があるからHEAVENの優勢だと判断していたんだが、まさかヘルヴェルト艦隊までが構えていたとはね。……頼むよ。力を貸してやって欲しい」
 可愛い男のお願いには嫌とはいえない。
「仕方ないねぇ……。ボーヤの頼みなら断れないよ」
「最近甘えるのが上手くなったじゃない。シンゴちゃん」
 クスクス笑って応える彼女たちのからかいに、神龍は赤くなった。
「お願いですから、ちゃんと艦長って呼んでください」
 いくら昇進しても態度が変わらない彼女たちに、何度振り回されてきた事だろう。
 彼は彼女たちにとっては世渡り上手な坊やにしかすぎない。
 神龍は困惑しきった様子で懇願した。
 彼女たちは笑いながらまるで相手にしない。
「分かったよ。行ってくる」
「還って来たらご褒美欲しいわ……艦長さん」
 スクリーンにスカーレットの投げキッスが飛んで来た。
「……頼みます」
 情けなく指令する早乙女を笑い飛ばしながら、ゲオルグ隊が発進して行った。
 翻弄される若い艦長の様子は、ブリッヂオペレーターたちの失笑を買っていた。
 クロイツ親衛隊隊長ヘンドリックスの片腕として暗躍し、革命の寵児と謳われるクロイツ親衛隊副長李神龍相手に、何も臆すことのない彼女たちの奔放さは、皆が一目置いていた。





 輸送艇とガーディアンの護衛に就いていた第一小隊が帰艦した。
 聖の命を受けてフェニックスに戻った野村は、直ぐに管制室からブリッヂの杉崎に戦況報告をした。
 ヘルヴェルト艦とセレスの間に銃撃戦が開始され、HEAVEN大統領の身柄がまだヘルヴェルト艦内に拘束されている。
 そして、銃爪を引いたのはフェニックスであるとの情報は杉崎を唖然とさせた。
 同時に、クロイツのパワードスーツ隊が戦場に現れたとの情報が、彼等の企みを思わせてならない。
「――また……。ダシにされたのか、俺は」
 面白くない感情が湧き上がる。
「艦長。最早引き返せない状況です。哨戒艦艦隊は既に艦隊戦に突入していました。事実はどうあれ、ヘルヴェルトにとっては我々が仕掛人です。」
 野村の進言に、杉崎は頭を抱えた。
 一番避けたかった事態に発展してしまった。
「総帥は何と?」
 ジェイドの質問に、野村は深刻な感情を現した。
「第一に大統領の救出。そして、味方を守るようにと……」
「――応戦か」
 またしてもお家騒動に利用された。
 杉崎は落胆して深くため息をついた。
「仕方がありませんね。我々も参戦しましょう。セレスは総帥が守っていますので、我々はシヴァへ。……哨戒艦の支援に向かいましょう」
「しかし、総帥は……」
 すがるような視線を送られて、ジェイドはふたたび邪まな衝動が沸き上がるのを押しとどめていた。
 思わず強引にアプローチしてしまった後ろめたさを忘れてしまいそうになる。
「あの方の邪魔をすればかえって叱られますよ」
 案ずる杉崎をジェイドはやんわりと微笑みで制した。
 このまま押し倒してしまいたいという欲望を抱かれている事など、杉崎は知る由もない。
「野村中尉。これからセレス周辺の守りに入ってくれ。フェニックスはこれよりシヴァ上空に於いて艦隊戦に突入する」
「了解です」
 杉崎の発令により野村は再びリーンフォースに搭乗した。
 オペレーターたちは、艦を発動させる。
「フェニックス前進。シヴァへ接近します」
 橘が艦首を目標に向けて回転させる。
「主砲発射準備……。セーフティロック解除、リアクター内圧力上昇」
 沢口は来る艦隊戦に向けて、火器管理室と共に主砲の調整を始めた。
「全オペレーター、各銃座にスタンバイ。最前線に出るんだ、締めていけよ」
 ヘッドセットを介して、各砲座のシューティングオペレーターともコンタクトを取る。
「戦闘機隊出撃します」
 管制室からの報告を城が杉崎に伝える。
「ギャラクシアへ入電、ライン解放します。……艦長」
 西奈が杉崎へ通信ラインを回す。
 艦長が発した一言の指令が、即時にオペレーターたちを動かす。
 本来あるべき指示系統を待たずにそれぞれの判断で行動する彼等をジェイドは驚いて眺めていた。
 こんな事を何故杉崎は許しているのかとジェイドは疑問を抱く。
 しかも、ギャラクシアとの通信で動向を確認し合う杉崎兄弟の会話を聞いて、ジェイドは味方のリスクを思い出した。
 経験の浅い新艦長にとっての緒戦。新造艦の処女航海の目的地となってしまった戦場。
 ギャラクシアは艦隊の弱点になりうる。
「――ギャラクシアを艦隊戦に投入するおつもりですか?」
 ギャラクシアの同行は、元よりそれが目的だった。
 そんな事を何故今更確認するのか。予想外の質問に、その意図を掴みきれない。
 杉崎は反対に視線で疑問を投げかけた。
「まだ、艦長自身も全体をまとめる事は難しいでしょう」
 ジェイドの懸念はもっともな事だったが、理由を知った杉崎はクスッと微笑んで返す。
 思いがけない反応とその笑顔に、ジェイドの胸が高鳴った。
「ご心配には及びません。少佐はここで戦闘機隊隊長として働いてきました。経験は十分にあります」
 戦闘機隊隊長とはいえ、たかだか中隊長である。
 ジェイドは解せなかった。
「ご存じありませんでしたか?フェニックスは、言わば軍幹部養成のための研修機関です。そういう名目でしたが、結局戦場に駆り出される事が多くて、彼等が勤務交替をする機会をほとんど失ってしまいました。本来ならここの連中も、とっくにフェニックスを出てもおかしくないはずなのですが……」
 杉崎は満足そうな笑顔のまま応える。
 ジェイドはそれを聞いて納得せざるを得なかった。
 道理で士官クラス以上の兵が平均以上に存在している。
 それぞれの判断で行動する事を重視する。その基本理念に則り、育て上げられたオペレーターたちの判断と行動は迅速で、艦長の指示を待つ事の無い指令機関は、多分どの艦よりも戦況への対応が早いはずだ。
 方向性さえ与えれば、あとは自分たちで戦況を有利に導いて行く。
 フェニックスの強さはそこにあった。
 一見軍人らしくない彼等の風貌や在り方は、思えば自分たち高官の有するムードに似ている。
 どうひいき目に見てもストリートボーイにしか見えなかった沢口でさえ、コントロールパネルに向かう姿と顔付きは生え抜きの軍人だ。その技術とセンスは目を見張るものがあり、セレスと遮那王が引き抜きにかかっていた事もうなずける。
「分かりました。では、お手並み拝見とまいりましょうか」
 ジェイドの応えに、杉崎は笑顔のまま返した。




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