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楽園の紛糾
戦場1





「シヴァ空域に入ります。ハイパードライブ解除」
 操舵席の橘は、フェニックスの航行システムをマニュアルに切り替えた。
「全艦戦闘配置。パワードスーツ隊、各パイロットはカタパルトで待機」
「了解」
 杉崎の指示を、西奈が管制室のオペレーターに伝える。
「立川。おまえはすぐに管制室に詰めてくれ」
「了解」
 指示を受けた立川は、杉崎と視線を合わせて確認してきた。
 大丈夫か……と。
 一条との対戦に、きっと心を痛めているだろう。立川は杉崎を慮る。
 杉崎は苦笑して応えた。
 その瞳が決意を表している。
 ふたりは言葉を交わす事なく、互いの思いをその微笑みで確認した。
「――行ってくる」
 杉崎の安定を確認した立川は、一言伝えるとブリッヂを後にした。
 その様子を伺っていた聖は、ふたりのアイコンタクトを見て、感情を隠しているジェイドに視線を向けた。
 ジェイドの脳裏に沢口の言葉が蘇る。
『あなたの恋人は男じゃないか』
 杉崎に向かったその言葉が、突然ジェイドに現実を突き付けた。
「杉崎は、立川といい仲らしいんだな」
 嬉しそうに耳元でささやく聖に、ジェイドは悪意を感じ取る。
「可哀想に。やっぱ失恋ってヤツか?」
 悪魔のささやきがジェイドをねじ伏せる。
 ジェイドは不愉快そうに聖に向き直った。
「公務中ですよ。そんな戯れ事は後にしていただきたい」
「……とかなんとか言って。けっこうダメージ来てるじゃん。ん?」
 聖の過ぎた指摘にジェイドの堪忍袋の緒が切れた。
「野村中尉を黒木さんに寝奪られた腹いせですか?」
 嫌な現実が突然聖にも降りかかる。
 ジェイドの逆襲に聖は言葉を失った。
 本当は寝奪られたわけではない。
 彼等はまだ身体を繋いだ関係ではないだろう。
 寝奪ったのはむしろ自分のほうだった。
 けれど、ふたりの心の絆が自分とのものよりも強く感じられて、聖には自信がない。
 痛いところをつかれて悔しそうな感情をこらえている聖の表情を見て、ジェイドは少しだけ気持ちが収まった。
「止めましょう。下らない削り合いは」
 皮肉めいた含み笑いを浮かべて、ジェイドがふたたび前方のスクリーンに視線を戻すと、華やかな戦火が目に映った。
「どういうことだ……。間に合わなかったのか?」
 杉崎が失意の声でつぶやく。
「セレスへ確認を……状況が分かれば。……斥候を出すか」
 交戦時のラインの解放はリスクが高い。
 杉崎は迷っていた。
「前方に遮那王確認。……シヴァ引力圏付近で交戦しています。それと、セレスとヘルヴェルト艦が隣接していますね……。そこに艦載機群が集中しています。接舷している可能性もありますから、どちらか一方で和平交渉をしていたのでしょう」
 城が現状報告して杉崎を振り返った。
「いずれにしても危険です。セレスがどのような選択をしているかを確認しなければ」
 杉崎の判断が求められた。
「管制室へ指令。野村を」
「待て。わたしが行こう」
 斥候を決意した杉崎に聖が応えた。
 杉崎は驚いた。総帥直々の出撃など考えられない。
 ガーディアンを搬入していても、本気であんなものを機動させるなどとは到底思えなかったのだ。
「それはいけません。あなたは……」
「哨戒艦が銃爪ならば、それを粛正しなければならない。だがヘルヴェルトの出方次第ではセレスもろとも大統領が危険だ」
 聖は杉崎の懸念を制した。
 いつまでも沈んではいられない。
 戦場が聖を浮上させる。
「管制室へ指令。ガーディアンをスタンバっておけ。それと海兵隊を招集。セレスへの突入命令を出せ。フルアタックだと伝えろ」
 聖の命令を受けた西奈は、艦の責任者である杉崎の指示を伺った。
 艦内の指揮権は艦長である杉崎にある。総帥の立場であってもそれは覆すことはできない。
 聖もまた杉崎を見つめた。
「非常に危険です」
 懸念を抱く杉崎に聖は余裕の笑いを浮かべた。
「誰が行くより確実です。万が一にもセレス艦内が戦場と化していたならば、急を要します。総帥を信頼してください」
 ジェイドもまた、杉崎を諭すようにはたらきかけてきた。
「ヘルヴェルトには、貸しがあるしな」
 聖はニヤリと笑ってみせる。
 ハッタリではない。この人物は、自分の予想をはるかに越えた力の持ち主なのかもしれない。
 そう感じた杉崎は決意した。
「ガーディアンの発進準備急がせろ。海兵隊出動。直ちに輸送艇に乗り込むよう伝えろ。それと第一小隊は輸送艇の護衛に就け」
 杉崎は聖に向き直った。
「せめて、これだけはさせていただきます」
 護衛を付ける杉崎の発令に、聖はほくそ笑んだ。
「……では、くれぐれもお気をつけ下さい」
 それでも一抹の不安を拭いきれない、本気で総帥の身を案ずる杉崎の視線に聖は失笑した。
 結構可愛い奴だと感じながら、聖は杉崎の肩を叩いてブリッヂを後にした。
 そんなふうに少しだけ通じ合ったふたりを見て、ジェイドはいささか悔しかった。
(ただ単に、自ら出撃したいだけの事だろうに)
 聖の事に関してだけは、どうしても寛容になりきれないジェイドだった。




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