楽園の紛糾
LIFE10
シヴァ空域では、危うい均衡を保った緊張のなか、両国の代表の会見と条約の調整が執り行われていた。
ヘルヴェルト軍旗艦に於いての交渉はHEAVEN側にとってはリスクを負う形ではあったが、SPの同行とセレスの接舷を条件に同意した。
交易についての細部にわたる確認と、武力を互いに擁しながら決して向き合う事の無いよう確認できるまで、数々の段階を経て長い時を要していた。
「ところで、クロイツの今後の処置についてですが……」
HEAVEN大統領の言葉に、ヘルヴェルト側の緊張が昂まる。
「その件に関しましては、追って取り決めたいと」
ヘルヴェルト官房長官は、言葉を濁した。
クロイツとの確執はHEAVEN側だけの問題ではない。
セレス艦隊との戦いにヘルヴェルト軍が介入してから、ヘルヴェルト国内に於いては革命の火蓋が切って落とされた。
少数集団と侮っていた。
精鋭なる戦力の前では、付け焼き刃のヘルヴェルト軍勢力は脆弱であり、雌雄は目に見えていた。
ヘルヴェルトはどうしてもHEAVENの戦力が欲しかった。
和平交渉を締結させた暁には、同盟軍の名の元にクロイツの粛正へと加担させる筋書きを目論んでいた。
だが、今ここで内情を明らかにしてしまえば、HEAVEN側は同盟に対して難色を示すだろう。
ヘルヴェルト大統領は無言でHEAVENの出方を伺った。
「それでは我々は、今ここで署名というわけにはまいりません。我々の一番の懸念はあの武力集団です。ここは、はっきりさせていただきたい。我々が被った多大な被害に対しても、何らかの保証もないままの和平交渉など、軍はおろか国民も納得しないでしょう」
HEAVEN大統領の申し出に、ヘルヴェルト側は事実を隠し通す。
「有事の際にも申し上げました通り、あの集団に関して我々は一切関知しておりませんので、責任問題を問われましても……」
ヘルヴェルト官房長官の言葉に、渋い表情のままのHEAVEN大統領は決断を下した。
「それでは、この件に関してはどこまでも平行線でしょうな……」
遮那王率いる哨戒艦艦隊はシヴァ空域に到着し、小惑星帯に紛れて静かにヘルヴェルト船団を狙っていた。
一条は、ずっと疑問を抱いていたセレスの大統領護衛の真意を確認すべく通信ラインを開いた。
「ハヤト?なぜ君がここに……」
一条からの通信に、ウィルは驚いて返信してきた。
「どうもこうもあるか。一体何のつもりで和平交渉なんぞに肩入れしとんねや?ヘルヴェルトのクソッタレどもと、本気で手ェ組む気かいな?」
ディスプレイを介して互いの表情が見て取れる。ウィルの眉がピクリと反応するのを一条は見逃さなかった。
「意志を問われるような立場では無い。だいたい何故遮那王がこんな所までやってくるんだ?一体何の任務で……」
腑に落ちない様子のウィルを一条は鼻先で笑う。
「任務もクソもあるか。俺は俺の意志でやってきた。こんな和平交渉なんぞ、目一杯邪魔だてさせてもらおう思うてな……」
「な…に?じゃあ、君は……」
「反旗ひるがえして来たでぇ。あんたがどうしても政府側につく言うんなら……たとえセレスでも容赦せえへん」
真顔の一条の目に偽りはない。ウィルは唖然とした。
「手を引け、ウィル。あんたとは戦いたくない」
「本気か?ハヤト」
共に戦って来た戦友に対してまで、矛先を向ける一条の行動が信じられない。
しかし、その心情は手に取るように理解出来る。
ウィルはそれを受けて立たねばならない自分の立場が悔しかった。
これが杉崎ならどうするだろう。
困惑するウィルの姿を見ていた一条は、その葛藤に共鳴したように一瞬だけの哀しい表情を残して、ディスプレイから姿を消した。
シヴァ空域では、ヘルヴェルトとHEAVENの和平交渉を見守るもうひとつの勢力があった。
軍事武装集団クロイツ。
旗艦アドルフ率いる艦隊は、遮那王とともに小惑星帯に潜んだまま、その銃爪を引く機会を狙っていた。
「あれは、遮那王じゃないか。護衛はセレス一隻のみと聞いていたが……」
護衛艦ラインゴルトのブリッヂで、李神龍大佐が指令席から哨戒艦の動向を見守っていた。
総帥の命を救った代償は大きかった。しかし、集中治療とリハビリにはさほどの時間を要さず、彼は早くも戦列に復帰していた。
命を救ってもらった恩もあり、彼自身も最高権力の交替劇に興味が無いわけではなかった。
親衛隊長ヘンドリックスとともにヘルヴェルト勢力と戦い、圧倒的に有利な戦況がヘルヴェルト大統領をHEAVEN政府との和平交渉に乗り出させる結果となった。
和平交渉が成立すれば、後に連合軍としてクロイツを潰しにかかるだろう。
交替劇は終幕を迎えている。
彼等はなんとしても、この締結を阻止しなければならなかった。
「艦長。通信内容です」
遮那王とセレスでの通信を傍受して、通信士はそのレコードを渡した。
受け取った彼は思わず苦笑した。
「これ、本当か?」
「はい。通信衛星が正常に作動していれば」
「――やるなぁ一条艦長。……となれば、必ず追っ手が現れるはずだ。反旗をひるがえしたとあっては、軍も黙っちゃいない」
彼はさらに狡猾な笑いを浮かべた。
「そうだな……いい手がある。銃爪が引きにくいのなら、代わりに火付け役になってみるのもいいだろう」
そして、司令席を降りて命令を下す。
「放電を止めろ。識別信号を変調する。それからヘルヴェルトの護衛艦に一発ぶち込んでやれ。外すなよ」
彼はラインゴルトの識別信号を変調し、戦略を開始した。
「高熱エネルギー体接近! ヘルヴェルト艦に直撃します!」
「なに?」
ウィルはエネルギー砲の行方を追って、ヘルヴェルト軍護衛艦が立て続けに直撃を受け、撃沈されるのをなす術もなく見守っていた。
「ハヤトか?」
「いえ、識別信号確認。……フェニックスです」
「な……んだと?」
呆然とするウィルは、気を取り直して直ちに大統領の救出を命じた。
「お杉っ!?……あんのアホは何考えてんねや!」
遮那王でも、一条が愕然として撃沈される護衛艦を見つめていた。
「艦長。セレスと大統領が危険です。直ちに救出に向かわねば」
武蔵坊の進言に、一条はすぐに応じた。
「分かっとる。ジブンはリーンフォースで出撃ろ。旗艦周辺に雑魚どもを近づけるな」
「了解」
武蔵坊はブリッヂを後にした。
「艦長。シヴァの裏側から、敵艦隊です」
オペレーターの報告を聞いた一条は、レーダーを確認して唖然とした。
「これやから……あんのゲロ野郎どもは、信用でけへんのや!」
怒り心頭の一条は、艦隊の発動を命じる。
「シヴァ周辺のヘルヴェルト艦隊へ砲撃を開始する! 射程距離まで接近しろ。全艦載機発進し弁慶に続け。不本意だが、大統領を救出してこい!」
一条の指令のもと、全哨戒艦は戦場へと進撃した。
和平交渉は最悪の顛末で、全面戦争の銃爪と化していった。
7.LIFE
――終――
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