[携帯モード] [URL送信]

楽園の紛糾
LIFE8





「ありがとう、立川さん。……あなたが傍にいてくれて良かった。俺みたいにつまんない奴でも、ずっと見放さないで励ましてくれて……嬉しいです」
 沢口は抱き着いたまま喜びを訴える。
 しかし、立川はその言葉に反感を抱いて、沢口の肩を掴んで引き離した。
「どうしてだ?おまえはつまらない奴じゃない」
 立川は今一度、沢口にもうひとつの評価をつきつけた。
「おまえはいつも一生懸命だった。その姿だって、ひとつの努力の結果なんだろう? 目標はどうあれ、そうやっていつも頑張っているじゃないか」
 沢口は驚いた。今の自分まで、そんなふうに評価してもらえるなんて思いも寄らなかった
「つっぱって反抗する事も、遠慮して控えめになる事も必要ない。……もっと自然体で過ごしてみろ。おまえはそのままが一番魅力的なんだから」
 立川は、沢口の杉崎に対する態度を見て、素直になれなくなった沢口の想いを察していた。
「立川さん」
 全てを言い当てられて何も返せない。
「もっと素直に甘えてやれ。そのほうが杉はんも喜ぶ」
「……艦長にも、そう言われました」
「そっか」
 ふたりの行方が気になっていたが、ひとまず安泰な事を知って立川は安心して笑顔を見せた。
「杉はんはフェニックスの艦長だからな……。あんまり心配事を抱えさせたくないんだ。集中力を欠くと艦全体に影響する」
 立川は沢口に諭した。
「俺だっていずれは本部に戻らねばならない。だから、これからはおまえが杉はんを支えてやってくれ」
「僕が?」
 自分が艦長を支えるなど、そんな大それた事が出来るとは思えない。
「そんなの……無理ですよ」
「そう思っているのはおまえだけだ。今まで、事実上艦を守って来たのは砲術長であるおまえだろう。公私ともに、傍で杉はんを支える事が出来るのはおまえしかいないんだよ」
 自信を持っていい。
 そう伝える瞳が、沢口に向けられる。
 見かけだけの価値ではない。おまえには才能と実力がある。そう言いたげな立川の視線に促されて、沢口は頑なに沈み込んでいた心を浮上させた。
 戸惑いながらも喜びを隠せない。そんな沢口の心情が瞳の輝きに現れていた。
「杉はんの傍にいてやってくれ。……頼んだぞ」
「はい。……ありがとう、立川さん」
 沢口ははやる心を押さえ切れず、ドアに向かって歩きだした。
 笑顔で送り出した立川だったが、気になっている事がもうひとつだけあった。
「沢口」
 立川は思わず沢口を引き留めた。
「ひとつ、訊いていいか?」
「はい」
 立ち止まる沢口は、次の立川の言葉を待っていた。
 どうしても知りたいことだったが、確かめにくいことでもある。
「……橘の事なんだが」
「ああ」
 沢口は立川の心情を察した。
 このひとはきっと、自分に向けられている橘の気持ちを知っていたのだろう。
 そう考えると、立川が橘の事を心配しているというのはよく分かる。
「あいつなら大丈夫です。ちゃんと、恋人できたみたいだから」
「ホントか?」
 立川は驚いた。
「ええ」
「相手。……知ってるのか?」
 心配そうに尋ねてくる立川を見て、沢口はクスリと笑う。
 恋人が出来たら出来たでまた心配らしい。
「いいひとらしいですよ。詳しく知りたいなら、直接訊いてみてください」
 直接聞きにくいからこそ沢口に尋ねたのだが、ひとの口からあれこれ聞くものではないと、立川にも分かっていた。
「そうだな……。いや、幸せならそれでいいんだ」
 気掛かりな様子が拭えない立川の心情を察して、沢口は笑顔で応えた。
「大丈夫ですよ。なんかまだギクシャクしているところが初々しくて可愛いんです。相手のほうが橘のコト溺愛しちゃってるみたいで……もう熱いのなんのって。ホント、心配いりません」
 まるで百戦錬磨の経験者のように言ってのける沢口を、立川は赤面して見つめた。
 以前の沢口とはこういうところが違うと実感させられる。
 立川は、沢口が本当に百戦錬磨になってしまったのだろうかと、思えてならなかった。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!