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楽園の紛糾
LIFE6





「あ!立川さんだぁ!」
 しばらく通路を進んで行くと、前方から立川がやって来た事に気付いて、沢口は喜んで笑顔を向けた。
 本部に戻ったとばかり思っていた立川だったから、沢口は本当に嬉しかった。
 立川は杉崎の脇に抱えられている沢口の姿が可笑しくてたまらない。
「なんだぁ沢口。元気そうだな……。遅刻かあ?」
 黙々と前へ進む杉崎は、立川の横をそのまま通り過ぎる。
「へへ……強制連行ですう」
「少し黙ってろ! まったく、自覚のない」
 頭にゲンコツを喰らって沢口は悶絶した。
「いっ…てぇ!なんでそうすぐぶつんですかぁ?」
 ぶつくさ文句を言う沢口を見て、立川はクスクス笑う。
 ふたりの関係はぎくしゃくしてはいないようだ。思っていたような関係とも違うようだが、とりあえずは沢口の無事が確認できて立川はひと安心した。
「おまえの後で当直に入る。後でゆっくり会おう」
 連行される沢口に後ろから声を掛ける。
 沢口は嬉しそうに手を振って応えた。
 沢口の立川への態度が自分とは違う。杉崎は面白くなかった。
「どうしておまえはそういつまでも浮わついた気分でいるんだ? いちいち俺にはたてつくし……。昨夜はあんなに素直だったのに……」
 ため息まじりについ愚痴ってしまう。
「だって俺、気持ちいいの好きだもん」
 ふたたびゲンコツが見舞われた。
「いってぇ……。もうっっ!暴力反対っ!」
「おまえのその在り方がすでに暴力だという事に、いい加減気づいたらどうなんだ!」
「んだよおー! 暴力はそっちのほうだろ! 俺の事殴ってゴーカ……」
 杉崎の手が慌てて沢口の暴言を封じた。こめかみからは一筋の冷や汗が流れてきた。
「着いたぞ」
 ブリッジの前に立ち止まって、杉崎は沢口を降ろした。
「ほら、入れ」
 立ったまま動けないでいる背中を押して、ブリッジへと促す。
 沢口が進むと、ブリッジのドアが開いた。
 コントロールパネルの前で沢口を待っていた城は、入室してきたオペレーターを見て釈然としない様子でいたが、やがて杉崎がその後から続いて来た事によって彼が沢口である事に気づいた。
「沢口さん?」
 茫然として見つめる城に沢口は苦笑で返した。
「ごめん、遅れて」
 居心地が悪そうに謝罪する沢口に、城はずっと見とれていた。
「どうしたんですか? 随分と綺麗になってしまって」
 城の他意の無い言葉は沢口を安心させる。
 それは決して異質なものを見る目ではなかった。
「ちょっとね。軍を抜けて人生楽しもうと思ったんで……」
 自分の意志でフェニックスへ帰ってきたわけではない。
 そう暗示するような姿が、城は気になった。
「――良かったんですか? 戻って来て」
 沢口を心配する表情が沢口の心を和らげた。
「うん。ここに来ると、帰って来たって気分になる。たっくんの顔を見たら何だか安心したよ」
 沢口はそう応えて、自分の席についた。
「ありがとう。後替わるから、休んで来て」
「うん」
 城は沢口の無事を知って、安堵の笑みを浮かべて席を立った。
「済まなかったな城。ゆっくり休んでくれ。明日にはシヴァ空域に到着する」
 杉崎が城に促した。
 そこには戦場が待っている。
 その緊張感が城にも伝わって、戦場に臨む心構えを固めた。
「分かりました。じゃあ、あとを頼みます」
 城は凛とした決意の笑顔を残して去って行った。
 当直に就いた沢口に、杉崎は念を押す。
「おまえもしっかり働いてくれよ。哨戒艦相手なら、艦隊戦になるだろうからな」
 今回ばかりは勝手が違う。
 杉崎から聞かされた今回の任務は、沢口も気が重かった。
 自分を可愛がってくれていた一条との一戦など、心苦しいばかりだ。
 真剣に考え事をしていたら、腹の虫がグウと鳴った。
「……ハラ減った」
 緊張感を削ぐ在り方に対して、杉崎は怒りを押さえるのに必死だった。

 ひとが真面目に話している時に、こいつはちゃんとひとの話しを聞いているのか……。

 杉崎は拳を握り締めて耐えていた。



 その頃、聖とジェイドは二日間連続のシミュレーションですっかり燃え尽きており、ジェイドに至っては、あまりの緊張とストレスで、聖のユニフォームにしたたか吐瀉物を浴びせてから、還らぬ人となってしまった。
 彼等のシミュレーション結果を覗いたパイロットたちの中で、それに挑戦しようなどと言う身の程知らずは誰一人としていなかった。
 D級シミュレーション難度5。
 何のためにプログラムしたのか分からない程の難度の高いプログラムを、あえて作り上げたのは、多分聖自身の要請によるものだろうと、そのときから噂されはじめた。
 現実的に考えれば、たった一機の戦闘爆撃機で旗艦を攻略しようなどという戦況などありえないのだ。
 聖の趣味で作ったと言われても仕方がない。

 ふたりはベッドの中で死んだように熟睡していた。




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あきゅろす。
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