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楽園の紛糾
LIFE4





「以前の俺だったら、きっと今頃有頂天なんだろうな」
 橘はらしくない沢口のつぶやきに疑問を抱いた。
 沢口はクスクスと自嘲する。
「今まで、ずっと彼の事しか眼中になかったから、俺の存在価値は彼の態度如何によって左右されてきた」
 以前の沢口からは想像も出来ない、冷めた自信がその笑顔に隠されている。
「けれど、そうじゃない事に気づいてしまった……。いろんな男に求められて、ちやほやされて。自分自身が結構価値のある存在だって認識出来た途端、自分が無償に可愛くなってしまった」
 橘は黙って沢口を見つめた。
 確かに、ここまで綺麗に変貌できれば、そんな事も有り得るかもしれないと思う。
「俺を気に入ってくれた客の中にプロのスタイリストがいて、ソイツのおかげとも言えるけど……。突然目の前が明るくなったんだ、人生観変わるぜ?自信持ち過ぎた奴ってのはロクなもんじゃない」
「沢口は前からいい男だったよ。将来、きっと艦長みたいなタイプになるんだろうなって思ってた」
「でも成長できねーの。……ずっとこのまま。いつまでもボーヤのままで。シブい大人になれないんだよ」
 沢口が示唆する事実は、恒常性に優れたレプリカならではの、善し悪しが紙一重の問題だった。
「成長したら、それなりになったかもしれないけど。もう、今を磨くしかないじゃん。そうしたらこういう方向に来てしまって。それが彼の同情と欲情を誘ったとしたら、思った以上の大物がかかったってトコだろうな。……本命がね」
 線が細く見目麗しい姿。憂いを含んだ艶のある視線。
 それは、妖しい魅力がある。
「一度、堕ちるところまで堕ちたんだ。恋愛する事に過剰な期待も持っていないし、いつまでも相手に引きずられるような恋でいたいとは思わない。互いに嫌になって別れる時が来るかもしれないし……」
 杉崎との事を随分軽く言ってしまう。もうあまり執着していないような口ぶりは信じられない。
「艦長の事、もう好きじゃないの?」
「好きだよ。……あのひとに抱かれるのが、いちばん()いって分かってしまったから。いまは彼に夢中でいられる。……別れようなんて言われたら、死んでやるって応えるだろうなあ」
 沢口はそう言って、驚く橘の反応を喉の奥で笑った。
「――そんな関係に気づいてしまえば、恋愛なんて所詮一時の気の迷いだと思えてくる。だけど……」
 沢口は、深い想いを秘めた視線で橘を見つめた。
「橘。おまえだけはどうしても失いたくない。俺がフェニックスに帰って来れなくなったのも、こんな俺をおまえにだけは知られたくなかったからなんだ」
 突然の告白に、橘はうろたえた。
「やっぱり、おまえの傍がいい。一番安心出来るのは、おまえの体温なんだって、今になってやっと分かった」
「俺、は……」
「ばか。勘違いすんなよ」
 その橘の狼狽ぶりに、沢口は失笑した。
「たとえ世界でたったふたりきりになったって、おまえに手を出したりしない。そんな事で、ふたりのこの関係を終わらせてしまうほど、俺だってバカじゃない」
 沢口は真剣に訴えた。
「ずっと……。死ぬまでずっとこうやって傍にいたい。俺はやっぱり、おまえが好きだったって事にやっと気付いた」
「沢口」
 沢口の告白が橘の心を締め付ける。
 たったひと月離れていただけで、確かに自分も不安定になっていた。互いに心の支えでいた事を、今になって実感する。
「だから、俺を嫌わないでくれ。こんな最低の野郎でも嫌いになったりしないでくれ」
 沢口の懇願は何よりも胸を打った。
 あんなに愛していた杉崎よりも、橘を求めてくる沢口の想いが嬉しかった。多分自分も同じ想いでいる。
 決して失いたくはない。自分も、誰よりも傍にいてほしいと願うのは、きっと沢口に対してなのだろうと思う。
「沢口」
 橘の沢口を抱く腕に力が込められる。
「俺だって同じだ。おまえを失いたくない。嫌いになんてなれるわけないだろう」
「橘……」
 ふたりは少しだけ身体を離して、距離を置いて見つめあった。
「ありがとう。……それ聞いて、安心した」
 沢口ははにかんだように微笑み返す。
 その笑顔は、以前の彼と同じだった。
 そんな笑顔を残して、沢口は橘から離れて立ち上がった。
「俺、部屋に帰って待機してるよ。城の次に当直に入るから休んでくる。おまえも疲れたろう?……少し休めよ」
 もう帰ってしまうのか?
 そんな橘の態度が沢口に向けられる。
 沢口はクスッと笑った。
「今休んでおかないと、西奈が来たら寝かせてくれないんだろ?」
「……そんなんじゃっ!」
 あわてて否定しても、沢口は取りあわない。
「そっかあ? あいつはきっとそのつもりで来るぞ」
 からかい半分にクスクスと笑って指摘する。
「あいつ、ずっと前からおまえの事見ていたけど、そういうイミだとは思わなかったなぁ……。ただ憧れて見とれていたんだと思っていたよ」
 意外な言葉に橘は敏感に反応した。
 ずっと以前から自分を見ていたなんて知らない。そんな事を西奈は言わなかった。
 橘は聞かされる事実に動揺すら覚えた。
「気づかなかったのか?……そうか、そうだよな」
 橘の眼中には静香と立川しか映らなかった。それは当然といえる。
「あいつ、本当におまえが好きなんだと思うよ。……たまには、骨抜きの状態を味わってみるのも悪かないだろ。せいぜい犯られてみるといい」
 クスクス笑って沢口はドアに向かった。
「沢口っ!」
 変な事を言われて、橘はまっ赤になって沢口を咎めた。
「――俺も同様なんだ。テレんなよ」
 沢口は邪まな笑顔を残して、ドアをくぐって去って行った。
 しばらく茫然としてドアを見つめていた橘だったが、ため息をついてから視線を落とした。
(ワルぶっていたって……所詮ワルにはなりきれないよおまえは。艦長だってそこんトコ見えてるから、愛してくれるんだぞ)
 橘は、いつか沢口の化けの皮を剥がしてやろうと心に決めていた。
 そして、沢口が指摘した通り、西奈がやってきたら本当に寝かせてもらえないかもしれないと思う。
 今のうちに休んでおこうと考えて、橘はシャワー室に向かった。



 その頃、聖とジェイドはシミュレーターのコックピットにいた。
「総帥っっ!わたしにはこんな戦闘は無理ですっ!」
 絶え間なく仕掛けられる攻撃をかわしながら、敵の旗艦に向かう聖の後ろで、ジェイドが叫んだ。
 目まぐるしい戦場の光景に、ジェイドはついて行けない。
「なに弱気な事言ってるんだ!? どーせシミュレーションするんなら、デンジャラススペシャルクラスを制覇しなけりゃイミがねーだろーよっっ!」
 パイロットシートの聖は、戦に夢中だった。
 爆発による震動とアラームでコックピットは緊張感を増す。ジェイドはモニターのアラームから、敵の接近を知った。
「――敵!真上ですっっ!」
「しゃらくせえっっ!墜ちやがれ――っっ!」
 暴れん坊将軍は絶好調だった。




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