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楽園の紛糾
setuna5





「そーいや杉はん。最近、面白くない話を耳にしたんだが」
 巷で囁かれる最近の噂が、立川の勘に障ったらしい。
「なんだ?」
 杉崎は、また新しい煙草に火を点けて尋ねた。
「橘が、街でアングラを荒らしているとか」
「はあ?」
 杉崎はポカンと目と口を開ける。
「沢口は一番街に入りびたりらしいし……」
「なぜ?……というか、何をしているって言うんだ?」
 杉崎には見当もつかない。
「職員が目撃してんだよな……海兵隊の連中も似たのを見かけたって言ってた」
 立川は困惑していた。
「――派手に遊んでいるらしいぞ。性的な意味で」
 杉崎は愕然とした。
 信じられない。あのふたりに限ってそんな事はありえないと思う。
 しかし、今までの経過を振り返ってみれば、全く可能性がないとは言い切れない。
 自分たちが彼等に対してどんな態度を取ってきたか。それを思えば、自暴自棄になってそういう方向にはしる事も最悪の事態として考えられる。
 それまでが真面目であればあるほど、ひとたび切れてしまうと加減を知らないため、とんでもない事をやらかす事がある。
 杉崎はどっと罪悪感に駆られた。
「もしかして原因は……」
「それを言うな」
 互いに情けない表情で見つめあう。
「場所を変えよう」
「そうだな」
 ふたりは、決意の表情で立ち上がった。



 退勤時、ユニフォームからスーツに着替えたふたりは、セントラルの繁華街に繰り出して、街角に佇んで行き交うひとびとの群れを眺めていた。
「あんたに、訊きたい事もあったんだよ」
 煙草をふかしながら、雑踏を眺めたままの立川が尋ねる。
「なんだ?」
「先生との件はどうなっているんだ?」
 杉崎は驚いて立川を見た。
 なぜ知っているのかと、動揺を隠せない。
「なに今更。そんなのもうとっくにバレバレ。……あれだけオープンに俺の前でイチャついておいて、隠してるつもりだったの?」
 自分ではイチャついた覚えはない。
 杉崎の視線が立川を恐れていた。
「あんたたちの三角関係……泥沼だね」
 立川の指摘は傷心に堪えた。治りかかった傷口をゴリゴリとほじくり返されたようで、痛みに悶絶する。
「おまえね……。人の古傷にやっと出来たかさぶたを、どーしてそう剥がそうとするんだ?」
「あれ?やっぱ失恋したってのは、ホントだったんだ?」
 言葉が、矢のようにグサリと突き刺さる。
「――で、早乙女がいない今は、あんたたち一体どうなんだ?」
「どーもしない。あいつは早乙女を待つと言った。それが全てだ」
 一見無表情に見える杉崎の淋しそうな横顔は、嘘をついてはいなかった。
「ふ〜ん。それじゃあ、沢口にも希望はあるわけか」
 立川は意味深な微笑みを浮かべて杉崎を一瞥した。
 そんな視線に晒されて、杉崎は隠しようもなく狼狽えてしまう。
 その反応から、立川は今までとは違う感情を杉崎の中に見いだした。
「だけどあんたは……。沢口の事をそういう風には見れないんだっけ」
 からかいを含んだ視線が杉崎を追い詰める。そういう感情が無いと言っておきながら、ついキスを盗んでしまった自分に罪悪感を抱いていた。
「おまえな……。俺の事をそうやって責めるのもいいが、自分にも火の粉が降りかかるだけだぞ」
 苦し紛れに立川へ逆襲を向ける。
「俺だって知っていたぞ。……橘を随分可愛がっていたくせに。あいつの気持ちを知っていながらさっさと姉貴と一緒になったから、あいつは」
「ストップ!」
 立川は降りかかる火の粉を払った。
「……止めよう。不毛な削り合いは」
 困惑しきった表情で互いに視線を交わしながら互いの言いたい事を呑み込む。
 やがて、ふたりは深くため息をついた。
「原因が俺たちにあるってんなら、俺たちが止めなければならん……。だが」
「なに?」
「橘には西奈がついているだろう?それはどうなっているんだ?」
「じゃあ、まず西奈を確保しよう。本人に聞くのはそれからだ」
「先に当人を見つけたら?」
「その時はその時だ。本人を尾行して現場を押さえる」
 雑踏を眺めながら考えを巡らせて。杉崎はどうしても心に引っ掛かりを覚えて拭えない。
「――俺たちに……踏み込む権利があるんだろうか」
「義務だよ。あいつらが不幸になるのを、黙って見過ごすわけにはいかないだろう」
 立川はそう言い残して、雑踏の中に紛れて行った。
 行って、そしてどうすればいいのか。杉崎には分からなかった。
 沢口が何を求めてさ迷っているのかが分かっている以上、まだ整理できない感情のままでは何も出来ない。
 本当に、自分に彼を止める権利があるのか。
 杉崎は自問自答を繰り返しながら、やがて雑踏へと足を踏み入れた。

 人混みの中を歩いているうちに、見覚えのある人物を見かけた。
 野村が友人らしき人物と連れ立って歩いている。
 それは、すぐにすれ違って離れて行って。
 杉崎はあまり気にもとめずに、ふたたび沢口の姿を求めて歩き出した。



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