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楽園の紛糾
天使になんてなれない6





 気まずい沈黙が艦長室に残された。ばつが悪そうな杉崎の視線と無表情な沢口の視線が交錯する。
「これは……俺の本意とするところではなくて……」
 杉崎の弁解で沢口は失笑した。
 その笑顔は杉崎の知っているものではなく嘲笑に近い。
「彼等コーカソイドに比べれば、われわれモンゴロイドなんて華奢で可愛らしい存在でしかない。仕方ありませんよ」
 いかにも訳知り様な口ぶりが、沢口自身もまた同様の経験をしてきた事を暗に物語っている。
「──適当に甘えていれば、いい思いが出来たかもしれない……残念でしたね」
 杉崎は驚いた。今までこんな擦れた口を利いたことなどなかった彼が、まるで別人のようにニヤリと笑っている。
 自分と再会してあれだけ動揺した彼とは思えない。
 これは開き直りなのかと、杉崎は疑念を抱く。
「さて、と。俺、帰ります」
 いつまでも未練がましくこんなところに居たくない。
 沢口は杉崎の傍を横切って艦長室から出て行こうとした。
「帰れないぞ。もう大気圏外だ」
「えっ!」
 驚いた沢口は窓の外を確認してさらに驚いた。
 漆黒の闇のなかに、青く輝くHEAVENが見える。
「どういう事?俺は辞表を出したんだ!」
 沢口は杉崎を問い詰めた。
「どうしてこんなところに連れて来られなきゃならないんですか?」
「おまえの辞表は、統合本部では受理されなかった」
「なぜ!」
「今やめてもらっては困ると本部が判断した。詳しいことは俺も知らん」
 沢口は動揺した。
 どんな思いであの辞表を提出したか、この人には分かるはずもない。
 もう杉崎とは拘わりがないものと思っていた。それなのに、あんな苦しい想いをまた味わうのか。
「嫌だ……俺はこんなところにはいたくない!ここは俺なんかがいる場所じゃないだろう」
 ジェイドが指摘した通り、沢口は誰が見ても明らかにそれと分かる姿をしている。
 派手な髪と服装は嫌でも人目を引いた。
「おまえはフェニックスの砲術長だ。それは誰もが認めている。ここがおまえの居場所なんだ」
 頑なに主張する杉崎に、沢口は悲しいほどの怒りを覚えた。
「違う……。俺は、あなたの傍にはいたくない」
 沢口の言葉が杉崎を突き放す。
 杉崎の胸が痛んだ。
「どうして……。ずっと俺のそばにいると言ったのはおまえだ」
 杉崎の感情が揺らぐ。
 あんなに杉崎を求めていた沢口が、こんなにも自暴自棄になって杉崎から離れようとしている。
 自分が沢口に対して曖昧な態度をとったからとはいえ、それにしてもここまで変貌してしまうのは行き過ぎだと杉崎は思っていた。
 一体沢口に何があったというのか。杉崎はそれを確かめたかった。
「俺のことを好きだと言ったおまえが、なぜそんなふうに俺から離れようとする?」
「何……言って、んの?」
 沢口は唖然とした。
 杉崎は、自分が寄せる好意の意味が全く分かっていない。
 沢口はそう確信した。
「あなたは、俺の本当の気持ちなんて分かってないでしょう!」
「分かっている」
「分かってない!」
 沢口の言葉は悲鳴に近い。
「あなたにとっては俺はただの部下で、上官として尊敬されているとしか思っていなかった」
 返す言葉が見つからない。
 確かに沢口の指摘する通りだ。
 しかし、紆余曲折を経た今の杉崎は、沢口の想いも自分の気持ちもよく分かっている。
「俺はあなたが好きだった。……あなたに愛されたかった。だけどあなたは、俺の気持ちなんて分かろうとしなかったじゃないか!」
 悔しそうに歪む表情が、やがてこらえ切れない感情を見せる。瞳があえかに潤んで涙が零れ落ちた。
「カッコ悪い……。失恋して退役なんて考えた事もなかった。だけど、あなたの傍にいて痛い思いするのはもう嫌なんですよ。これ以上恥かかせないでくださいよ!」
 どうして失恋と決めつけるのか、杉崎は沢口の想いを拒絶した覚えはない。
「なぜ俺から離れようとする?おまえが離れていくのは、俺には我慢出来ない」
「──なんだよそれ」
 響姫を愛していながら、自分をも受け入れようとする在り方が信じられない。
「あなたにはちゃんと恋人がいるくせに。変な期待持たせないでくださいよ!」
「恋人って、何の事だ?」
 杉崎は狼狽した。
「響姫先生を愛しているんでしょう?どうしてそんな不実な事言えるんですか?それとも割り切った関係ってのは、都合のいい関係の事なんですか?……俺は、そんないいかげんな関係なんてゴメンだ!」
 杉崎は唖然としたまま返す言葉を失った。
 響姫との事をなぜ沢口が知っているのか、杉崎には見当もつかない。
 しかし、沢口がこれ程までに荒れた原因が分った。
 響姫との関係を誤解してしまえば、沢口の自暴自棄な態度にも納得がいく。
 杉崎は緊張を解いて表情を和らげた。
「沢口、それは誤解だ」
 穏やかな視線と口調が沢口に向けられた。
「俺には恋人なんていないし、だいいち、先生には早乙女がいる」
「そんな事知ってますよ。だけど、あなたは響姫先生と……」
「俺には、確かにいろんな噂がつきまとっているかもしれないが。先生とは何でもない」
 真剣に否定する杉崎に、沢口は不信感を抱く。
「噂じゃありませんよ。偶然だけど、ふたりの話、聞いてしまったから」
「何を?」
 杉崎は眉ひとつ動かす事なく尋ねる。
「あなたは……たぶん響姫先生を愛している。だけど先生には慎吾がいて……。それを承知で付き合っているんでしょう。別れ話していたみたいだけど、そのあとも随分仲いいですよね。ヨリを戻したんですか?」
 涙に濡れた表情が痛々しい。
 どこで話を聞かれたのか、おおよその見当はついた。
 きっと沢口は、あのときの早乙女と同様の痛みを抱えているのだろう。
 杉崎は沢口の心情を察した。


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