楽園の紛糾
天使になんてなれない5
警報を聞いてブリッヂに駆けつけて来た杉崎は、息が上がっていながらも立川に詳細を尋ねた。
しかし、そんな杉崎に、立川は何も伝える事なく艦長室に戻るよう命じた。
「あんたはゆっくり休んでいろ。それに……。まだやる事が残ってるんだろう?」
沢口の不在を知っていて、そう言う立川は訳知り様に笑ってみせる。
「あんたがいなくても艦は機動する。心配すんな」
「だが、艦長がブリッヂに不在では」
「今は俺がここの指揮を執っている。……心強い味方もいるしな」
立川が示したブリッヂの外には、空母ギャラクシアの姿があった。
「武蔵坊か?」
遮那王粛正のために、一条至上主義の武蔵坊が乗り出すとは信じられない。
「奴なら遮那王に戻った。あそこには次郎がいる」
「次郎が?」
杉崎は驚いた。
「あいつは遮那王を追い出されたんだ。ま……艦長の判断に真っ向から反対したみたいだから無理も無い。……で、弁慶の代わりにギャラクシア艦長に就任したんだが。なかなかいい根性してるぜ、あんたの弟は」
杉崎は唖然としたままギャラクシアを見つめていた。
しかし、確かに次郎は心強い味方になるだろう。
学生時代からの付き合いのある一条との一戦など、正直言ってやりにくい事この上ない。立川にしても、武蔵坊が遮那王に復帰してしまったとあれば、彼との戦いなど考えたくも無いだろう。
こんな役割は、バーグマン一派であるブロンベルク大佐にでも任せて欲しかった。
そんな感情でいる杉崎にとって、自己の正義感のみで参戦してきた次郎の存在は有り難い。
「杉崎艦長。ここは我々も責任を持ってお預かりいたしますので、貴方はもう少し休んでいて下さい」
ジェイドが杉崎の肩を抱いて、ブリッヂの外に促した。
ブリッヂを気掛かりそうに振り返る杉崎に、立川は大丈夫だとサインを出して杉崎を見送った。
「あの。……自分はもう大丈夫です。こんな大切な時に、こんな事で穴を開けてはかえって申し訳無い」
「いいえ。この任務には、本来ならフェニックスを出すべきでは無かった。こんな状態で戦場に赴くのは、かえって危険でした」
それなのに聖は、全ての事情を知っていながら面白半分にフェニックスを起用した。
ジェイドはそれ自体が気に入らなかった。自分が杉崎に優しすぎるという理由も気に入らない。
「申し訳ない」
ジェイドは杉崎を艦長室まで送って胸の内を告白した。
「自分があなたの事を気にかけ過ぎて、総帥の不評を買ってしまったようです。許してください」
杉崎はその告白を聞いて意味するところがすぐに飲み込めないでいた。
「──あの。……失礼ですが、あなたは?」
以前直接会った事のある参謀長官と同じユニフォームと知って、彼が軍高官である事は理解できる。しかし、初対面の彼が一体何者なのか杉崎は分からなかった。
「ああ。……申し遅れました」
ジェイドは杉崎の両手を取って握り締めた。
杉崎はその行動に疑問を抱く。
「自分は総帥付官房、ジェイド・ブロンデイと申します。ジェイドとお呼び下さい。艦長」
ジェイド・ブロンデイ中将。彼の名は立川からの情報で耳にした。
総帥の優秀な副官である事は知っていた。
「あなたとお会い出来るのを楽しみにしておりました」
彼の艶やかな笑顔が、何故か好意以上のものを感じさせる。
「思った通り、魅力的な方だ」
上品な美丈夫。長くくせのないハニーブロンドの髪と明るい碧眼は、自分とは対象的な華やかな美しさで、その風貌と優れた体格は前世期の騎士を思わせる。
そんな彼が、なんとなくあの6丁目で出会った彼に似ていて、自分を称えてくるその意味が分かりかけてきた杉崎は、嫌な予感にとらわれた。
「あの……ブロンデイ中将?」
杉崎の身体がジェイドから引けてくる。
「ジェイドとお呼びください」
ジェイドは姫君に忠誠を誓う騎士のように、握ったまま離さない杉崎の手の甲にくちづけた。
理解を超えた突然の状況に対応できない杉崎の思考が固まった。表情が強ばって、絶句したままの杉崎にジェイドは艶然と微笑む。
「今が非常態勢でなければ、このままあなたを奪ってしまいそうです」
突然がっしりと抱き締められて、杉崎は混乱した。
一体何が自分の身に起こっているのか、理解したくなかった。
「──震えているのですか?可愛いひとだ」
ジェイドは杉崎に頬を寄せて、愛しげにささやく。
「少しだけ、無礼をお許しください」
ジェイドの接吻が迫ってくる。杉崎は唇を手で覆って、危うくキスを逃れた。
ジェイドは困惑した表情で、杉崎の蒼白な顔を見つめた。
「わたしのような男はお嫌いでしたか?」
「……男はみんな嫌いです」
脅えながらやっと口を開いた杉崎の言葉に対して、ジェイドは不思議そうな顔をする。沢口を可愛がっていた杉崎は、男色家か両刀だとばかり思っていた。
「──嘘でしょう。あなたの恋人は男じゃないか」
ベッドルームの入り口から、嫌な指摘をしてくる。
杉崎はそこを振り返って、腕組みをした沢口が事の成り行きを見守っていた事を知った。
「おまえ……いつからそこに?」
杉崎は動揺した。
「べつに、邪魔する気はないんですけどね……。それより俺は、どうしてこんな所にいるんですか?」
不機嫌そうに尋ね返してくる沢口を見て、ジェイドは不快感を覚える。なぜこんなところに、ストリートボーイが偉そうに立っているのか。ジェイドは杉崎を詰めた。
「あなたは艦内にあんな者を連れ込んで……」
「誤解です!彼はフェニックスのシューティングオペレーターです」
「沢口砲術長ですか?あれが?」
「『あれ』ってなんだよ」
沢口はむっとして応えた。
「どうでもいいけど……。非常事態にでもそーゆーコトが出来ちゃうってすごい余裕だね。やっぱ偉くなると違うんですか?」
沢口の指摘でジェイドは困惑した。
沢口の様変わりも驚きだったが、立場的にまずいところを見られたのは失態だった。
「……返す言葉も無い。杉崎艦長があまりにも魅力的で、つい立場を忘れてしまったようだ」
ジェイドが動揺を悟られないように言ってのけると、杉崎は何か得たいの知れない物を見るような目付きでジェイドを凝視した。
「後程またゆっくりお会いしましょう。今度こそふたりきりで……」
ジェイドは隙をついて杉崎の頬にくちづけを残した。
「では失礼」
動揺する杉崎の反応を楽しんで、彼は爽やかに笑いながら艦長室から去って行った。
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