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楽園の紛糾
天使になんてなれない4





 解き放たれた身体は小さな痙攣を伴い、やがて弛緩してシーツの海に埋もれる。
 例えようのない満足感と虚脱感が聖の全てを支配して、きっと先程の野村も、こんなふうに感じていたのだろう……と、聖はそんな事を漠然と考えながら浅い眠りにつきはじめた。
「コラ……寝るな。仕事だぞ」
 黒木は余韻を楽しむ間もなく、聖の尻を叩いて起こすと、自分はさっさとシャワーに向かった。
「なんだよ……。ゆっくりさせろよ」
 せっかくの気分を台なしにされて、聖は不機嫌そうに訴える。
「またジェイドに厭味言われたいのか?」
 黒木の指摘によって、聖は跳ね起きた。
「じょーだんじゃねぇ!」
 聖は黒木を追い抜いてシャワー室に飛び込んだ。
 コントロールパネルに触れて、温かい水を全身に浴びる。
 続いて黒木が入ってきて、狭いシャワー室の中でふたりの身体が触れ合った。
「あ……」
 聖が不意に声を漏らした。
 シャワーを浴びるうちに、自分の中から黒木の体液が漏れ出てきて脚を伝って落ちて行く。
 そんな状態に対して、自分でも不可解な感情を覚えた。
「結局、おまえとは離れられないんだな……。ゴムもつけねーで中に出すヤツなんておまえくらいだ」
 それがどのような意味を持つのか、認めたくないと思っていても真実には抗いきれない。
 口先でいくら悪態をついていても、どんなに離れていたとしても、いつもここに戻って来てしまう。
 黒木は、聖の言わんとしている事が分かっていた。
「長い付き合いだ。いまさら何を言ってる」
「離婚してもだらだら続いている夫婦みたいだ」
 言い得て妙だった。が、確かにその通りだと黒木も思う。
「だから、愛しているって言ったろう?」
「おまえは多情なんだよ」
 聖はガシガシと両手で髪を洗う。
「相手に夢中になる事なんて無いんだろう。それで皆振り回される。いい迷惑だ」
「心外だな。俺はいつもおまえに夢中なのに」
 平然と言ってのける黒木に聖は呆れた。
「最近特に具合がよくなってきたからなあ」
 声を上げて笑う黒木が恨めしい。
 聖は笑えなかった。
「本気じゃないなら、タカを抱くな。あいつはおまえに惹かれている。傷つけて捨てるくらいなら、もう関わるんじゃない」
 聖の指摘が黒木には意外だった。
 聖の野村を思う気持ちは、特別なものなのかと思わせられる。
「貴史を傷つけるつもりも、ましてや捨てるつもりもない。愛される事に慣れていないあの子が、求められる事によってどんなふうに変わって行くのか、見てみたかっただけだよ」
「それが悪いっつーんだよ!」
 聖は呆れた。
「相手にも感情があるって事を忘れんな。おまえはいつも自分本位で、相手の気持ちに全然応えてねーよ」
「そんな事はないだろう。貴史には優しくしているつもりだが」
「本気で愛しているか?あいつじゃなきゃだめだって言い切れるのか?少なくともタカの方は本気だぜ。あいつを傷つけたくないなら、中途半端な気持ちで関わるな。そうじゃなきゃあいつとは付き合えねーぞ」
 聖は言いたいことだけを言ってからシャワー室を出て行った。
 黒木はシャワーに打たれながら考える。
 立川への切ない想いを知っていた。だからこそ少しでも楽にしてあげたかった。
 それが、いつのまにか互いに惹かれあう存在となってきていた。
 危険と命令違反を承知で、自分を救うために衛星要塞に突入してきた事もあった。
 自分は野村にとって特別な存在になっている。
 自分を失った彼が、どんなふうに心を痛めるのかという事も知っている。
「手ぇ引くなら今のうちだ。……あとはオレが面倒見るから心配いらねーぞ」
 シャワー室から出て来た黒木に、聖はそう言ってニヤリと笑う。
「今回はたまたま仕事が忙しくてかまってあげられなかっただけだ。俺は貴史を手放すつもりはない」
 黒木はタオルで水滴を拭いながら結論を出す。
「あんなに可愛いのは久しぶりだ……。昔のおまえを思い出す」
 聖は告白を受けて複雑な心境だった。
「悪かったな。……今じゃひねくれててよ」
 黒木は失笑した。ずっと変わらずに自分に惹かれている聖の想いも嬉しい。
「おまえと同じくらい貴史を愛している。それじゃあだめなのか」
 悪びれることなく真顔で尋ねる黒木に、聖はふたたび呆れた。
「結局多情なんだよおまえって奴は。……タカがサンピ―でも構わねーっつーんならいいけどな。オレもけっこうタカにはホンキだしよ」
「調教と説得が必要だな……。貴史はそういうタイプじゃない」
「未だにおまえに犯られてないってのが不思議だ」
「大切にしているんだ。焦って壊したくはない。……俺より先に手ぇ出すなよ、聖」
「オレのほうが出されたらどーする?」
「おまえが犯られるのは一向に構わないぞ。せいぜい可愛がってやれ」
 ユニフォームを身につけて、身支度を整える。濡れた髪を逆立てるようにスタイリングして、ふたたび何事も無かったように変わって行く。
 聖はずっと昔から、この光景を繰り返し見て来た事を思い出した。
「その髪……飽きないのか?面倒くさそーだしよ」
「俺のトレードマークだ。今更変えるつもりはない」
 黒木はそう答えて、聖にキスを贈った。
「――遮那王のやんちゃ坊主どもを締めて来る。おまえも出撃()るんだろ」
「ああ。……ついでに大統領も締め上げてやろうぜ」
「同感だ」
 ふたりは部屋を出て、それぞれの持ち場へと別れて向かった。



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あきゅろす。
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