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楽園の紛糾
天使になんてなれない1



5.天使になんてなれない



 士官室で無言で煙を吐き続ける黒木と聖に挟まれたままの野村は針のムシロの上にいた。
 やってしまったものは仕方ない。そう開き直る図太さも持ち合わせていない野村は何も言えない。
 黒木に惹かれている。彼が恋しかった。それは嘘ではない。
 聖が愛しいと思った。それも嘘ではない。
 けれど聖の事は諦めて身を引こうとしていた。それを、聖に伝えてはいない。
 そして、黒木とも何の約束もなかった。だから迷っていた。
 野村は落ち込みながらも思案していた。
「あの……」
 野村が口を開くと、ふたりは待ってましたとばかりに身を乗り出す。
 そんなふうに期待されるとまた何も言えなくなる。
「なに?」
 聖の穏やかな笑顔が痛い。
 彼の優しさに甘えていながら、不実な自分が許せないでいる。
「その……」
「どうした貴史。言ってごらん」
 黒木の優しさも、今は辛い。
「ごめん……なさい」
 何を言っても言い訳にしかなりそうもなくて、野村は胸の痛みを覚えてうつむいてしまった。
 黙り込んでしまった痛々しい姿に黒木の心までも痛んでしまう。
「聖。おまえは一体、貴史に何をしたんだ?」
 黒木の矛先が聖に向けられた。
「おまえこそ何だよ。偉そーに絡むんじゃねーぞ」
「待って下さい。……僕が考えなしだったから。僕が悪かったんです。……やめて下さい」
 野村はあわてて黒木を止めた。
「僕が悪いんです。結局は貴方にも逢えなくて、自分はやっぱり独りなんだって思ったら、淋しくて……。つい」
 野村の告白を聞かされてふたりは唖然とした。
「──つい……。だったのか?オレは」
「ごめ……いや、その」
「だって、もう一度会おうって約束したじゃないか?」
「そうだよ。そう思った……。だけど、君はあまりにも有名人だから、諦めようと思ったんだ」
「……いや、待て。……俺の事はもう既に諦められていたのか?」
 黒木は驚いていた。
 けれど、何の約束もないまま離れた後の音信不通状態ではそう思う外なかった。
「だって、貴方とはあれっきりだったじゃないですか。やっぱり、僕なんて……相手にされていなかったんじゃないかって、思って」
 野村の瞳があえかに潤んできた。
 黒木は自身を責めた。HEAVENに帰ってからの忙しさにかまけて、確かに野村になんの連絡もしていなかった。
 しかし、自分がそこまで彼の心を占めていたとは思いもよらなかった。
「じゃあ何?オレとは結局、一時の気の迷いだったって言うのか?」
 聖が野村に縋るように迫った。
「そうじゃない。……いや、始まりはそうだったかもしれないけど」
 どっちつかずの野村の感情が、ふたりにはやっと見えて来た。
 互いに、好意以上の感情を持たれている事は事実らしいと思える。
 ふたりは互いに険悪な視線をぶつけ合いながら、ライバル意識を燃やして視線を逸らした。
「ねぇタカ。オレは有名人ったって、そんなの関係ないよ。君のことが好きな気持ちに変わりはないんだから」
「だって、君は大物すぎるよ……。大体そのユニフォーム……何だよ?僕の手には負えないよ」
「どうして?総帥が恋愛しちゃいけないって法律でもあんのか?」
「──総帥?」
 真実を知った野村の表情がさらに情けなく変化した。
 黒木は失笑する。
「聖。そんなに貴史を責めちゃあ可哀想だ」
「あん時おまえが、ウェルズ中将を引き止めてくれりゃ、オレは今頃自由でいられたんだぞっ!」
「その代わりにウラを締めたろう。おかげで忙しくて、貴史と逢いそびれてこの有り様だ」
「いい気味だ!」
 ふたりの言い争いを聞いて野村は驚いた。
 黒木がそんな権限を持っている人物だったなんて知らなかった。
 野村はもうどうしていいか分からなくなった。
「僕は、その。……もう、帰ります」
 ふたりは立ち上がる野村の手を引き留めて、ふたたび真ん中に野村を座らせた。
「ねぇ、タカ。君が望むならオレは全てを捨ててもいい。それでも君が欲しいんだ」
 聖が縋るように見つめる。
「貴史。済まなかった。……君が、そんなふうに自分の事を思ってくれていたなんて嬉しいよ。君の気持ちに応えたい」
 黒木は艶然と微笑みかけた。

──応えなくたっていい。

 聖は腹の底で悪態をつく。
 もしかしたら、ふたりはこの状況を楽しんではいないだろうか。
 そんな思いが、ちらりと野村の脳裏をかすめるほど、ふたりは積極的なアプローチを送ってくる。
「貴史、君を愛している」
 黒木が、欲しかった言葉を口にする。そして、野村の抵抗を許さないまま、その唇にキスを贈った。
 好きだった愛撫に、何もかも忘れかけて呑み込まれていくうちに、それは聖によって中断された。
「タカ。君が好きなんだ。もっと君の事が知りたい」
 聖にも強引にくちづけられて、野村は気づいた。
 その愛し方がそっくりで、道理で聖との事が初めてのような気がしなかったはずだと野村は納得した。
 けれど、それは更に疑問を呼ぶ。
「──どうして……同じキス?」
 野村に疑問を向けられて、ふたりは一瞬何のことか理解できなかったが、やがてその意味する事実に気付いて困ったような表情を向け合った。


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