楽園の紛糾
Triangle7
「タカさん……久しぶりぃ!」
ラウンジのソファーでぼんやりと考え事をしていた野村の足元に、しゃがみ込んだ葵が現れた。
満面の笑みが、沈んでいた野村の心を押し上げてくれる。
「ああ。元気だったか?」
「うん。特別メニューでさんざんしぼられてきたから……。すっごく元気です」
ニカっと笑って、訓練所での感想を述べる。まだまだ未熟な彼女は、休暇もなにもかもを返上して、毎日のプログラムをこなしてきた。
その微笑みは随分と逞しくなったように見える。
「土井垣とはどうしてる?デートする暇もなかったんじゃないのか?」
冷やかす野村の言葉に葵はげんなりした。
「よしてくださいよぉ……。あの人アフター5には連日通い詰めだったんですから。もう、いい加減ほっといて欲しいのに。諦め悪いんです」
しゃがんだまま頬づえをついて深くため息をつく。
野村はクスクス笑っていた。
「それより、タカさんはどうなんですか?」
葵は立ち上がって、野村の隣に腰掛けた。
「まだ片思いしてるの?」
「大きなお世話だよ」
悪戯っぽく笑う葵を野村のヘッドロックが襲った。他人との接触が極端に少ない野村にとって、そんなふうに接する事ができる存在は希少価値といえる。
ひたむきな葵の好意が、頑なだった野村の心を開いた。
かけがえのない戦友。
自分に与えられたその価値は葵にとってこの上なく誇らしい。
葵は嬉しそうに笑った。
その時、葵の背後から別な腕が現れて、野村の手から葵を奪った。
「馴れ馴れしく触るな」
土井垣が葵を抱き締めて威嚇する。
「ああ……そりゃ失敬」
野村は失笑して応える。
土井垣の独占欲と嫉妬心がおかしくてたまらない。
葵は真っ赤になって怒り出した。
「何言ってんのよっ!放してよ!馴れ馴れしいのはあんたのほうよっっ!」
「なんだよぉ〜冷たいぜぇ葵ちゃ〜ん」
頬ずりしてくる土井垣を目一杯押し戻して抵抗する葵。
「やめてよっっ!うっとーしい!」
ふたりがもめる姿を見て、野村は珍しく声を上げて笑っていた。
順調に遮那王追跡を続けるフェニックスで一心地ついた聖は、ジェイドと連れ立って艦内を散策していた。
広く清潔な空間は快適で、公共の場はトレーニングジムからシアターまであって、贅沢な間取りの娯楽施設のようだ。
ラウンジへ向かう途中で黒木と出会った聖は、笑顔で彼を迎えた。
「雅!ごくろーさん、助かったよ」
「よう聖。相変わらず綺麗だな」
黒木はそう応えて、せがんでくる聖にキスを贈った。
「最近また、新しい相手見つけたんだって?」
黒木の指摘に聖は一瞬きょとんとしてから、ジェイドを横目で睨んだ。
「またおまえよけーな事言ったな?」
「自分は何も……」
ジェイドは戸惑いを見せる。
「彼と俺の情報網は同じラインだから……。大体の情報は一致するんだ。忘れたのか?」
黒木は失笑して指摘した。
「冗談じゃないぜ。今にあっちのほうまで覗かれそうだ」
聖はげんなりしてつぶやいた。
「そこまで介入するつもりはありません」
ジェイドが何げなく否定すると、聖は憤然とした。
「当然だ!」
黒木はクスクス笑い続ける。彼等はそのままラウンジへと入って行った。
「――雅、フェニックスはどうだ?楽しいか?」
「ああ。なかなかね……。皆気持ちのいいやつで、居心地がいいよ」
黒木はそう応えてから、ラウンジで楽しんでいる野村たちの姿を見つけた。
野村はすぐに、黒木の接近に気づいて意識を向けた。
ずっと黒木に会いたくて堪らなかった。なのに、艦を降りて離れた後は全くの音信不通で、黒木の本心が分からない。野村はどう反応していいか迷っていた。
「よう中尉。元気そうだな」
変わらぬ笑顔が切なくさせる。
自分はやっぱり彼が好きだと自覚させられる。
自分はもっと素直になったほうがいいのだろうか。
そう思った時、野村は黒木の後ろから現れた聖を見つけて表情を強ばらせた。
「――タカ?」
聖もまた、野村を見つけて驚いた。
軍高官のユニフォームに身を包んで現れた聖の姿は野村を混乱させる。
「なんだ?知り合いか?」
ふたりの反応を見比べた黒木が尋ねると、さらなる動揺が野村を襲った。
黒木と聖は親しい間柄らしいことがうかがえる。
しかも、聖のユニフォームは統合本部に所属する高官たちが着用するものだ。
野村は我に返って事態を飲み込んだ。
黒木を慕っていながら、ほんの出来心で関係した。それなのに、聖への感情がそれだけでは終わらなくて、収拾のつかない状態で落ち込んでいた野村は、黒木と聖への感情の板挟みで身動きすらできない。
「知り合いもなにも。……タカ」
聖は嬉しそうに微笑みかける。その微笑みが眩しすぎて、野村はこの場所から消えてしまいたかった。
にわかに見せる野村の動揺。それを葵が察知した。しかし、葵には何が起こっているのかは分からない。
「こんな所で逢えるなんて思わなかったよ。良かった」
聖は野村に近寄って、その両手を握って熱い視線を送る。
「どうしても、もう一度逢いたかったんだ」
普段の聖からは考えられない甘いセリフにギャラリーの方が驚く。
野村の思考は凍りついた。
「ちょっと、いい?」
聖は野村の腕を取ってラウンジから連れ出しにかかった。その手を振りほどくこともできずに、野村は聖に連れ出されながら、ためらうように黒木を振り返った。
どうしていいか分からない。
困惑と迷いが黒木に伝わる。
「ちょっと待った!」
縋るような視線に触発されて、黒木がふたりを引き留めた。
ギャラリーは唖然とする。
一部の事実と事の成り行きを部分的に知っている土井垣とジェイドは、とある状況を想像していた。それはこれから起こり得るであろう修羅場を予想させる。
「――俺も話に入れてもらおうか」
黒木はふたりを追って歩きだした。
「何だよ。邪魔すんなよ」
途端にむっとする聖に、黒木は邪まな笑みを向ける。
「少なくとも俺は邪魔者ではないはずだ……。なあ、中尉」
黒木は野村の肩を抱き寄せて微笑んだ。
野村には笑い返す余裕もなく、困惑したままの視線を送る。
「さあ、いこうか」
「来んなって!」
黒木に促されて、彼等はラウンジから退場して行った。
取り残された三人は茫然としたまま彼等を見送った。
「ちょっとぉ……。どーゆーコト?あれどーゆーコトよ?」
葵が土井垣の袖を引っ張って問い詰める。
「どう見ても三角関係のもつれにしか見えないよ!」
葵は悲しそうな視線で土井垣を見つめた。
「どういう事だ、J・B?」
「さあ……。ただ、総帥の新しいお相手が彼だったとしたら辻褄は合う」
「だが、ありゃあ雅さんのお気に入りだぞ」
「ええっ?じゃあ、タカさん輪姦されちゃうのぉっ?」
葵の問題発言にジェイドと土井垣はぎょっとした。
あのふたりでは在り得ない事ではない。彼らは野村の身を案じた。
「――そうならない事を祈りたい」
ジェイドは困惑したままつぶやいた。
HEAVENでの恋愛観はフェニックスの乗組員たちを巻き込んで、それに翻弄される彼等のトラブルは絶えない。
トラブル続きの現状に、ジェイドは先行きの不安を抱いていた。
4. Triangle
――終――
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