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楽園の紛糾
Triangle6





 立川の指揮によってフェニックスが発進した。
 遮那王がHEAVENを離陸してから、小一時間ほどが経過していた。
 早く追いつかなければならない。
 そんな緊迫感がブリッヂを包み、フェニックスは、橘によるフルマニュアルの航行で遮那王を追っていた。
 第一衛星カイン軌道上に差しかかった時、メディカルセンターで休んでいた杉崎が目を覚ました。
 薄暗い照明の中でぼんやりとしていたが、やがて、彼はフル回転するエンジンの音に気づいた。
(――艦が動いている?)
 直ぐにベッドから跳び起きてブリッヂへ急ごうとしたが、自分の動きを補液のルートに引き留められた。
 その動きをモニターで察知した響姫が、病室に入室してきた。
「目が覚めたか?」
 ベッドサイドに立った響姫は、補液が無くなりかけている事に気づいて、ベッドに座り込んでいる杉崎の腕から補液ルートとモニターを外した。
「もう少し休んでおけ。沢口の方も問題はない。……急性の中毒症状だったから、流しちまえばすぐ回復する」
 響姫は、胸のポケットから煙草を取り出して火を点け、それを杉崎にも勧めた。
 杉崎は一本抜き取ってそれを銜えると、響姫の火を移して煙草をふかした。
「……何があった?」
 けだるそうに煙を吐いている杉崎に訊ねる。
 沢口の変貌は尋常ではなかった。あの真面目で純情一筋の好青年が、まるでストリートボーイのような華美な出で立ちで現れた。しかもドラッグに手を出して、享楽主義者のように不健康な身体になっていた。
 それに関わる杉崎の思い入れも、普通ではないと感じていた。
 杉崎はしばらく考え込んで、そしてポツリと話し出した。
「どうしていいか分からない。ずっと可愛がって育てて来た部下だったはずなのに、どこからか狂ってしまったんだ。……あいつが俺を慕う感情を、受け止める事も出来ずに。ただ逃げていただけの俺が、あいつをあんなふうにしてしまった……」
 杉崎はため息をついた。
「あいつの想いを受け入れてはいけないと自制しながら……。その実、あいつが俺から離れて他の野郎と一緒にいる事が我慢出来ない」
 響姫はその告白に驚いた。沢口との関係が、そんな危ういものだったとは全く気がつかなかった。
「傍にいて欲しい。本当は、ただそれだけでいいのに。……どうしてそれだけじゃ済まないんだろうな。互いに溺れて、どうにもならなくなって、燃え尽きるくらいなら……いっそ」
 互いに求めあっているはずなのに、どうしても感情を抑圧してしまう杉崎の在り方は、若い沢口にとっては焦れったくて堪らないだろう。響姫も以前の杉崎との関係を思うと、自分でさえそうだった事を思い出した。
「あんた。恋愛に対してそんなに恐怖感持ってどうするんだ?」
 響姫は灰皿に煙草を押し付けて火を消した。
「自分が相手に溺れるのをそんなに怖がってどうする?傷つくのが怖いのか?自分を失うのがそんなに怖いのか?」
 響姫は杉崎の目を覗き込んだ。
「体裁ばかり考えて、前に進めないでいるなんて、それじゃあ相手の方がいい迷惑だ。あいつに応えられないのなら街へ返して来い。あいつはあんたの代わりにそこで何かを見つけたんだろう?ここにいる限り、あいつはあんたを忘れられない。あんたがあいつに応えられないでいる限り、ここでのあいつは飼い殺しだぞ」
 何も返せないで、茫然として響姫を見つめ返す杉崎の煙草から灰が落ちた。
 響姫は杉崎の唇から煙草を取り上げて灰皿に押し付けた。
「俺は……あいつの上官で……」
「バカ言ってんじゃねぇ。そんなにこだわるなら、連れ帰ったりしないでそっとしておけばよかったんだ」
「それは出来ない。……あいつがボロボロになって壊れていくのを、黙って見ている事なんて出来ない」
「じゃあ何が問題なんだ?互いに求めあっているなら、もう少し素直に応えてやりゃあいいだろう。……ったくグダグダグダグダ。どーしてあんたはいつもそうなんだ?」
 そこまで言われても、全ては指摘されている通りなので、杉崎は何も返せなかった。
「あいつを立ち直らせるのが、自分の使命だとでも思っているなら、さっさと一発決めて来い。それが出来ないなら、ドクターストップかけてあいつを退艦させるぞ」
「それはダメだ!あんな所に沢口を返したくはない」
 響姫はわが意を得たりとばかりにニヤリと笑った。
「なら、あいつをなんとかしろ。身体のほうは俺でも治療できるが、こっちのほうは……」
 杉崎の胸を指先で押す。そして、顔を寄せて困惑したままの杉崎に迫った。
「――あんたじゃないと癒せない。あのときのあんたの言葉、まんまお返しするぜ。……俺が慎吾を癒したように、あんたも全身全霊をかけてあいつを慰めてやるんだな。できねーとは言わせないぞ」
 沢口に対する独占欲が杉崎の想いを物語る。沢口に惹かれていながら、その感情を素直に受け止められない杉崎の心情を響姫はよく理解していた。
「俺が許す。さすがに基礎体力が違うから回復は早かったぞ。もう少しで覚醒するから艦長室に連れて行け」
 杉崎はぎょっとした。
 こいつは一体何を言い出すのかと動揺する。
「あの変貌ぶりは、全てあいつの悲鳴の現れなんだろう?」
 響姫は沢口に同情するように表情を曇らせた。その指摘は杉崎の傷心にさらに拍車をかける。
「あんたを忘れたくて、違う自分を作ろうとしていた。……あの派手な髪も、ルーズリーフみたいに飾った耳も。栄養状態もかなり悪くなってあの痩せ方だ。満足に食えてなかったんだろうな……」
「やっぱり、俺のせいだと思ってんのか?」
「たりめーだ!きっちり責任取れ!……キレイ事言ったところで、どう仕様もない状態まで来てるんだぞ!あんたも男なら大切なモン最後まで守ってみたらどうなんだ!」
 以前にも叩きつけたセリフを、また言わされる羽目になるとは思わなかった。
 響姫は杉崎の背中を叩いてベッドから押し出した。
 杉崎は広い背中を丸めて、困惑したまま響姫を振り返る。
 響姫は笑って応えた。
 そして、何かを思い出したように病室を出てから、また戻ってきて、杉崎の手を取って小さな包みを強引に手渡した。
 それを見たとたん、杉崎は狼狽して耳まで赤くした。
 軍からの支給品の、コンドームと潤滑ローションが手のひらに鎮座して羞恥心を煽る。
「あんた沢口に対してはムカつくほど純情だな」
 響姫は呆れた。
 自分との過去の関係を思い出すと、この杉崎の在り方は普通じゃないと思う。
「心ばかりのプレゼントだ。今度こそ決めて来い。……もう泣かせんじゃねーぞ」
「俺は……こんな」
「ぐちゃぐちゃ言ってないで、さっさと行け!」
 響姫に病室から叩き出されて、杉崎は沢口を迎えに隣の病室を訪れた。
 ベッドで眠る沢口が別人のように見える。響姫によって切開された跡をサージカルテープが隠しているが、それすらも痛々しくて堪らない。
 あんなに健康的だったはずの彼の変貌は、杉崎の良心を責め苛んだ。
 杉崎はそっと沢口を抱き上げて、メディカルセンターを後にした。



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