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楽園の紛糾
setuna4





 HEAVEN防衛軍統合本部では新たな人事が発表された。

 HEAVENにやってきてから、防衛軍に吸収されたフェニックスの乗組員たちは、配属されてすぐにクロイツの陰謀に巻き込まれた。それにもかかわらず戦果を上げた功績により、その主力メンバーのほとんどが、昇級試験の受験を余儀なくされ昇級を義務づけられた。

 それには致し方ない裏事情があった。

 橘静香の前例もあり、彼等の中に防衛大学への編入を希望した者が多数現れた。
 お気楽なキャンパスライフを夢見ていた彼等だったが、本部はそんな彼等の戦力を一時でも手放すつもりはなく、大学の4年間を免除と言う特別措置を一時的に適応させて昇級試験の受験を強制した。
 彼等には、戦時下に育ち嫌が応にも実戦に投入され、そこで磨いてきた実力があった。
 そのキャリアと試験一本で、卒業証明と同等の証書と士官の位を強引に与えて、統合本部は事なきを得た。

「だいたいどのツラ下げて学生やる気でいたんだろうな……。あいつらだって今や有名人だぜ」
 立川は呆れていた。
「ちょうど卒業できた俺たちには分からないわだかまりが、ここで一気に噴き上がって来たんだろう。俺だって……出来る事なら学生に戻りたい気もするがな」
 人もまばらな夕刻の統合本部のラウンジで、向かい合ってコーヒーを飲みながら一服していた杉崎と立川は、そんなふうに部下の邪まな企みを正当化しようと努力していた。
「よしてくれよ。自分よりも経験値の高い学生なんて冗談じゃない」
 講師経験のある立川のツッコミにも杉崎は機嫌よく微笑み返す。人事を見た今日の杉崎は機嫌が良かった。
 フェニックスの副長である早乙女の消息が掴めないうちは、本部はその処遇を本部付の扱いにして、立川をフェニックス副長に就任させた。出戻りの人事は特例ともいえる。しかし、早乙女がクロイツに囚われたと言うデリケートな事情だったために、全く新しい人事を組む事が出来なかった。

 新造艦、空母ギャラクシア艦長に、遮那王副長である武蔵坊弁慶大佐が就任した。遮那王副長には、前フェニックス戦闘機隊隊長、杉崎少佐が就任。フェニックス戦闘機隊隊長には、現副長野村中尉が就任した。
 さらなる裏の情報では、本部ではギャラクシア艦長には黒木中尉を推していたという話を聞いたが、本人がそれを辞退したという噂がある。

「――あの黒木って男は相等長い経歴の持ち主らしいんだが。……いわゆる歴戦の勇士ってやつだな」
 元情報部の立川は、退室のついでにいろいろな情報を手土産に持って来ていた。
「だろうな……。あいつには、なんとなく太刀打ち出来ない気がする。……でも、なんでそんな歴戦の勇士がフェニックスなんかに居るんだ」
「さあ……。だってあれで『中尉』だぜ。そこからしてうさん臭いだろ?」
「俺たちは監視されているのか?」
 ふたりはクスクス笑いながら、裏の企みを予想していた。
「――大佐」
 背中から声を掛けられて振り向くと、そこには司令室に戻る事を望んだ中田が立っていた。彼は、少尉の階級章を肩に設えたアイボリーのユニフォームに身を包んで、スマートで清潔感あふれる佇まいを見せる。
「また橘少尉とご一緒ですね。おめでとうございます」
 身の程知らずなセリフにも、色々と弱みを見せてしまった立川は何も返せない。
 中田はにっこりと微笑んで、困惑した立川を見つめていた。
 しかし、静香と一緒にいられるのは確かに嬉しい。わざわざ反論する気もない。
「司令室に復帰か。前線にはもう戻らないのか?」
 杉崎が尋ねると、中田は涼やかな微笑みで返した。
「もともと、司令室勤務希望でしたので。慣れると楽しいですよ。……自分には、戦略が向いていたようです。いつかは、あなたがたのように艦隊を動かしてみたいと思っています」
 いろいろと企む事が好きだと暗に示している。そんな中田に杉崎は頼もしさを感じた。
「その日がくるのを楽しみにしているぞ」
「はい。では、失礼します」
 敬礼を返して中田は去って行く。

 巣立ちの時が来ている。
 杉崎はそう実感していた。
 フェニックスで育った若者達が、それぞれの進路を見つけ出している。
 それは嬉しくもあり、反面寂しくもあった。
 立川も、いつかは自分の元を去って行ってしまうだろう。
 しかし、ずっと変わらずに傍にいてくれる者がいる事も知っている。
 それが何より心強い。
 杉崎は不動のブリッヂオペレーターのメンバーたちを思い出していた。



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