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楽園の紛糾
Triangle4





「――あれが新造艦か?」
 フェニックスが発進命令を待つ統合本部の港に到着した次郎は、上空から港を眺めてそこに停泊中の航空母艦を見つけた。
「うん。本当は、セレモニーが終わったら処女航海のはずだったんだけど……艦長がサボっちゃったからね」
「ふ〜ん」
 武蔵坊が艦長として就任するはずだった、空母ギャラクシア。
 それは指揮官が存在しないまま、所在無げにたたずんでいた。
 ふたりを乗せたヘリコプターのフェニックスへの着艦を知って、立川を含むパイロットたちがデッキで出迎えた。
 歓びで迎えたはずが、彼等は降りて来た次郎の姿を見て絶句してしまった。
 そのボロボロの姿からは、遮那王で何があったのかが一目瞭然だった。
「――次郎……。よく無事に帰って来れたな」
 立川の視線が同情していた。
「森も無事に助け出してくれた。ありがとう」
 立川の言わんとしている事が初めは飲み込めなかった次郎だったが、武蔵坊との間に何かがあったらしい事だけは伝わってくる。しかし、次郎はそんな事にこだわるつもりは毛頭無い。今はただ、遮那王を追うための手段を手に入れなければならなかった。
 出戻りはきまりが悪い。フェニックスとは別の、自分の力で遮那王を追う何かが欲しい。
「艦長はどうしていますか?」
「ああ……。ちょっと、過労で倒れてしまってね」
 立川の言葉に驚いて、次郎は唖然とする。
「過労?何で?……ヤワな野郎だな」
 立川は何も言えない。
 沢口の事を話すつもりはないし、次郎のタフさを前にすれば何も言えない。
 森を迎えて喜ぶパイロットたちを残して、次郎は立川とともにブリッヂへと上がって行った。



「少尉が帰って来たのでしょう?これでやっと発進できますね」
 ブリッヂでは聖が嬉しそうに立川を迎えた。そして、すぐその後から入室してきた次郎の姿を見て唖然とした。
 顔じゅうが修羅場の、すっかり人相が悪くなった次郎の姿は圧巻だった。
 一方、次郎は対照的に、聖の姿を確認してから自分に向いて来た幸運を予感した。
「――総帥」
 次郎は聖の前に進み出た。
「はい」
 聖はその人相に脅えていた。
「初めてお目にかかります。遮那王副長の杉崎次郎です」
「あ……始めまして。武藤です」
 敬礼を交わし合い、次郎は早速本題に入った。
「無礼とは存じますが、質問をお許しください」
「はい、何でしょう」
 次郎の迫力に圧されて、聖の表情が引きつっていた。
「ギャラクシアの今後の予定はどうなっておりますか?発進の待機を余儀なくされていると聞きましたが」
「ああ。……あれは、艦長不在のため。いずれ代理をたてて演習に向かわせるが」
 次郎は好機を得たとばかりに心中でほくそ笑んだ。
「ご存じとは思いますが、自分は遮那王副長のポストを強引に排除された身。自分の力量が至らないために、遮那王の謀反を事前に対応する事も出来ずにこの有り様です」
(――まさか、コイツ)
 立川は、いつになく饒舌な次郎の思惑を予感した。
「……そこで、総帥にお願いがあります」
「自分に、出来ることなら……いいのですが」
「総帥のお力なら簡単な事です。……自分に、ギャラクシアを任せていただけませんか?」
 たった一月足らずの副長経験で艦長の座を、しかも自分から買って出るとは考えが図太すぎる。
 立川は唖然とした。
 次郎自身も自分の立場は十分に分かっている。道理を無視した無理を押し通している事を自覚している。しかし、遮那王一派と武蔵坊から受けた屈辱への怒りは、どうしても収まりがつかなかった。
「自分がギャラクシアを指揮して、遮那王粛正の力添えをさせていただきたいのです」
「それは、わたしひとりの独断では……」
「総帥ともあろうお方が、何をおっしゃられます。貴方が一言、自分に命じていただければ良いのです。わたしは入隊と共に国家に忠誠を誓いました。きっとお役に立つでしょう」
 次郎は、普段は絶対に見せないような蠱惑的な笑顔を向けた。
(コイツ……遮那王で苦労したんだろうな)
 次郎の手管を目の当たりにして、立川は敏感に感じ取った。
 何事も真っすぐに取り組んでいた次郎の在り方が、随分と搦め手を使うようになったと思う。それだけ、心中穏やかではないという事なのだろう。
「――折角の処女航海が中止されたままでは、ギャラクシアのクルーたちも可哀想というものです。……そう思われるでしょう?総帥」
「そう……ですね」
 次郎の押しの強さに、つい同意してしまう。
「――良かった。それでは、許可を頂けるのですね」
 自分から強要しておきながら、次郎は白々しく安堵してみせた。
 まだ命令を受けたわけではないのに、有無を言わせない迫力が全身から立ち上って聖を圧倒する。
「……はい。あなたを、ギャラクシア艦長に任命します」
 情けない表情のまま、聖は次郎に圧されて命令を下した。
 次郎はニヤリと笑ってから、背筋を伸ばして敬礼で返す。
「了解。杉崎次郎、ギャラクシア艦長として遮那王追跡に同行いたします……。ありがとうございます。総帥」
 次郎は遮那王への報復の手段を得て、満足そうにブリッヂを後にした。
 彼を追おうとした立川をジェイドが引き留める。
「フェニックスは直ぐ発進します。全艦に通達を……」
「しかし、艦長が」
「艦長が回復するまでは待てない。君がフェニックスの指揮を取りなさい」
「……はい」
 あまり気乗りしない立川の態度に、ジェイドは気づいていた。しかし、これ以上は待てない状況にある。
「色々と気掛かりな事もあろうが、我々は事前に遮那王を捕らえなければならない」
 ジェイドの指摘はもっともだ。遮那王の行動が、大規模な戦争に突入する銃爪にもなりうる。立川はジェイドに従った。
「ギャラクシアという、護衛も得た事ですし」
 ジェイドは聖を一瞥した。
 聖はばつが悪そうな表情で返す。
(まったく……。いつも人の言うことなど聞かないくせに。ああいう搦め手と押しには弱いのだから)
 いつもその手で聖を使っているジェイドは面白くなかった。
(それとも、ああいうタイプの男に弱いのか?顔が腫れていてよく分からなかったが)
 聖はジェイドの視線が面白くなかった。
 さも自分を非難するような表情が嫌だ。
(いーじゃねぇかよ……。どうせ、武蔵坊が艦長のはずだったんだ。その武蔵坊に遮那王を追い出された副長とアタマすげ替えるだけだろーが)
 聖は、ブリッヂの端末を本部と接続して人事のページをおこした。簡単な作業だった。総帥のパスワードで艦長就任を強制入力するだけで人事が完了する。そしてそれは、統合本部の掲示板に表示され、本部の知るところとなる。
(――後でまた、人事課長に文句言われるんだろーなぁ)
 本当は、次郎の顔が怖くて早く彼から逃れたかっただけだった。
 待ちに待った出撃を前にして、聖はなんだかあまり楽しい気分ではなくなってしまっていた。



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