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楽園の紛糾
Triangle2





 商業港の沖合に強引に停泊していた遮那王では、一条がフライトデッキで武蔵坊を迎えていた。
「よう帰ったな……。懲罰部隊にどつかれたいうから、心配したで」
 武蔵坊の背中を叩いて一条が笑う。気を許している時だけは慣れた言葉を使う一条の安心感を武蔵坊は感じ取った。
「ご心配、痛み入ります」
 公務中ではない時にまで、言葉の乱れを指摘するつもりはない。武蔵坊もまた、変わらない一条を見て安心していた。
 珍しく穏やかに応える武蔵坊を見て一条は訝しんだが、襟元に見え隠れする紅い跡を発見してニヤリと笑った。
「――どこぞの女と、暇乞いでもしてきたか?」
 その襟元を指先で触れて指摘する。
 武蔵坊は指摘の意味に気付いてから、開いていた詰め襟のホックを留めて情事の跡を隠した。
「まあ、そんなところです」
 臆面もなく答える武蔵坊を見て一条は呆れた。
「こっちはそんな余裕も無いっちゅうに、羨ましいやっちゃ」
 武蔵坊は苦笑した。
「ところで艦長。杉崎の二番目はどうしています?」
 次郎の選択を確認すると、一条は苦々しく顔をしかめた。
「どーもこーもないわ、あの熱血野郎。ホンマよう邪魔してくれよる」
「やはりそうでしたか……」
 武蔵坊は安心したように微笑んだ。
「なんや?」
 一条は武蔵坊の反応に不審を抱く。
「これでわたしも、安心して副長に復帰できるというものです」
 武蔵坊は次郎の正義感にこのときばかりは感謝したい気分だった。
「艦長。杉崎を降ろす前に、会っておきたいのですが。かまいませんか?」
「ええで。……だが気ぃつけ。やつは今手負いやし、すぐ暴れるから監視房にぶちこんどる」
「そんな事をしていいのですか?」
「何言うてんねや。勘弁してほしいのはこっちのほうやで。杉崎の二番目や思うて手加減したけどな。やってられへん」
 一条は呆れたまま武蔵坊に訴えた。
 きっと相当暴れたに違いない。
 武蔵坊は失笑した。
「ナシつけたらヤツをここに連れて来い。さっさと叩き出したる」
 一条の言葉に頷いてから、武蔵坊は艦内へと入って行った。



 監視房の見張りに艦長の承諾を告げてから、武蔵坊は房内に入った。
 後ろ手に手錠を掛けられ、ボロボロの姿で床にうずくまる次郎を見て武蔵坊は驚いた。
 ここまでされなければ、おとなしくならなかった次郎の反骨精神に脱帽する。
「杉崎少佐」
 武蔵坊は次郎の傍に膝を折って声を掛けた。
 次郎はうっすらと目を開けて視線を向ける。それが武蔵坊と知ると驚いて身構えた。
「大佐?なぜここに」
「招集がかかってね。戦とあればやって来る」
「どういう状況か分かって戻って来ているのですか!」
「国に反旗を翻した事は知っている。だが、わたし自身も国のやり方には賛同できないのでね。宿敵は滅ぼさねばならない」
 反旗を翻して国を相手取るという事は、勿論軍に対しても同様の立場を取る事になる。そうなれば、軍に属する自分たちとは、必然的に敵同士となってしまう。
 武蔵坊がそれを選択したと知って次郎は唖然とした。
「あいつはどうなるんですか?まさか連れて来たわけじゃ……」
「蘭丸の事か?」
 納得していたはずなのに、親しげに森の名を呼ぶ事が気に入らない。
「なぜ連れて行かねばならない?これはわたし個人の戦いだ」
 武蔵坊は嘲笑を浮かべる。
「――ああ。君は蘭丸の事を」
 武蔵坊の多分に含みのある指摘に次郎は動揺させられた。
「ちが……」
「確か蘭丸も君を好いていたようだった。初めてわたしに抱かれたときも、君が好きだからと言って抵抗されたな」
 武蔵坊は次郎の身体を俯せにして、膝で抑え込んで動きを封じた。挑発するような笑いを浮かべて、顔を寄せる。
「――ああいう背徳なシチュエーションはなかなかいいね」
 次郎は愕然とした。
「あいつを……レイプしたのか?」
「人聞きが悪いな。わたしは、好きな男に振り向いてもらえない彼を慰めただけだ」
 次郎は森の真実を聞かされて茫然とした。
「あいつは、あんたを愛していた」
「ああ。……途中からわたしの方に傾いて来たようだったな。しかし、わたしは誰かに縛られるつもりはない。サムライには、そんな情など必要ないからね」
「あんた……あいつの弱みにつけこんで、自分のいいように弄んでいただけだったのか!」
 武蔵坊は呆気にとられたような表情をした。
「端的に言ってしまうとそうなるのか……。いや、改めて聞くとすごいね」
「この野郎っっ!蘭丸の純情を踏み躙りやがって!」
 咬み付かんばかりに向かって来る次郎を、武蔵坊はふたたび押さえ付けて艶然と微笑み返した。
「何を言ってる。蘭丸の純情を踏み躙っていたのは君の方だ。君に嫌われるのを恐れて何も言えなかった蘭丸を他所に、君は女を抱いていたんだろう?蘭丸はその事で随分傷ついていた。それを慰めて何が悪い?」
 武蔵坊の主張も間違いではない。けれど、次郎は武蔵坊を許せなかった。
「それでも、結局あんたは蘭丸を不幸にする。あいつを捨てて国を裏切るなんて、どうかしてる!」
「そこまで言うのなら、君が蘭丸を幸せにしてやればいいだろう。彼が一番望んだのは、君に愛される事だ。……なのに、わたしに執着し始めたのは計算外だったよ。後腐れのない関係だと思っていたのにね」
 邪まな微笑みが次郎を逆上させる。
「許さねえ。……あんた絶対に許さねぇっっ!」
 獰猛な表情で、咬み付くように武蔵坊に攻撃を向ける。それは拘束によって阻止された。
「心外だな……。君にそんな事を言われる筋合いは無い」
 武蔵坊は笑い顔のまま、次郎から離れてふたたび監視房のドアを開けた。
 見張りをしていた者を促して、次郎を部屋から連れ出してフライトデッキへと向かう。
 足元のおぼつかない次郎は、戦闘員に両腕を拘束されたまま、フライトデッキまで引かれて行った。



 ヘリコプターに乗る前に、次郎の手錠が外された。
 艦外でそんな姿を晒しては余計な誤解を生じる。
 次郎は自由になった手に残った手錠の跡を撫でてから、おもむろに武蔵坊を睨めつけた。
 そして、突然彼に向かって走り出して、誰にも止める隙を与えないまま、武蔵坊の顎に拳を叩きつけた。
 一瞬の出来事だった。突然の反撃に構える間もなく、武蔵坊は倒れそうになった身体を一条に抱きとめられた。
 その後、次郎は直ぐに周囲にいた乗組員たちに取り押さえられた。
「――弁慶。……大丈夫か?」
「はい……」
 武蔵坊は、ふたたび拘束された次郎を見て苦笑した。
「いい。大丈夫だ……離してやれ」
 武蔵坊が許可すると、次郎は自由になった身体で一条と武蔵坊に向かった。
「――生きて還れるなんて、思っちゃいないだろうな……。どうせやるなら、命張る覚悟くらいはあるんだろ」
 次郎の視線が挑戦してくる。
「あんたたちの謀反を許すつもりは無い。次に会うのは戦場だ。……こっちも命張るぜ。覚えとけよ」
 挑戦状を叩きつけてから、次郎は離陸を待つヘリコプターに乗り込んだ。
 これでいい。
 武蔵坊は満足していた。
 あえて自分が汚れて見せる事によって、彼はきっと森の支えになってくれるはず。
 そう願いながら、武蔵坊は次郎の姿を見守っていた。
「ジブン……。ジロに何やってん?」
「別に何も」
 呆気に取られた一条の問いを、武蔵坊は軽く受け流した。
 あんなふうに取り繕う事を知らない情熱が、自分にもあった頃を思い出す。
 しかし、いつのまにか体制に飼い殺されてしまっていた。それの是非など分からない。だが、この一戦は、サムライとしての正義を貫くための最後の足掻きなのかもしれない。
 武蔵坊は苦笑した。
 フライトデッキからヘリコプターが飛び立つ。武蔵坊はそれを見送って、ふと疑問を抱いた。
「ところで、あのヘリ……どこで調達してきたんですか?」
「そのへんに転がっていたのを失敬した」
 一条の答えで武蔵坊は失笑した。
 この男はやる事が大胆だ。そんなところにも魅力を感じる。
「さ、行くで。ぐずぐずしとったら、クソジジイがナシつけてまう」
 一条は武蔵坊を伴って、ブリッヂへと向かった。



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