楽園の紛糾 傷心13 「いらっしゃいませ」 バーテンダーは新たな客を迎えて、カウンター席を勧めた。 「初めてですね。何になさいますか?」 「あ、いや。人を探しているんだ」 カウンターに向かって佇む杉崎は事情を伝えた。 「ああ。……どんな?」 人の善さそうなバーテンダーに、杉崎は沢口の特徴を説明した。 「年は二十才前後。身長は約6フィートの標準体型。東洋人で瞳と髪の色はブラウン。名前は……俊」 「ふうん。ソイツなにをやらかしたんです?」 バーテンダーは杉崎に探りを入れた。髪の色と名前さえ抜けば、それに近いヤツなら奥にいる。しかし、まずい相手なら知っていても教えたりはしない。 「いや……。俺は警察じゃない。ただの上司だ」 ただの上司が、こんな所まで足を運ぶのか。バーテンダーは杉崎を疑った。 「悪いが、そんなヤツは見た事ないな」 「そう、か」 杉崎は落胆した。 その意外な反応をバーテンダーは見逃さなかった。 もしかしたら、彼は本当に、その相手を心配してやって来たのかも知れない……。 彼がそう感じはじめたその時、奥のVIPルームから怒りながらオレンジ色の髪の彼が出て来た。 その後を男が追って来て、彼の腕を掴んで引き留めようとする。 「放せよ!折角いい気分だったのに。俺はソコは使わねーって言ってんだろ!」 「ベイビィ……そう怒るなよ。もっといい気分にさせてやろうと思っただけじゃねーか」 揉めるふたりがカウンターへと戻って来る。 バーテンダーはうろたえた。 折角シラを切るつもりだったのに、今出て来てもらってはまずい事になる。 「――ったく。サイテーだぜコイツ。……ディック。やっぱ俺あんたのがいいよ。もう、浮気しねー」 カウンター越しに、動揺するバーテンダーにキスをして、彼は艶然と微笑んだ。 「いい子にするからさぁ。いつものくれよ」 杉崎は、彼を愕然として見つめた。 「……沢口?」 名を呼ばれた彼は、ぎょっとして声の主を見た。 「艦…長……」 足元から崩れ落ちそうな感覚が彼を襲う。 杉崎は唖然として彼、沢口を凝視しつづけた。 見つかるわけがなかった。こんな風に変わってしまった彼を見かけても分かるはずがない。ブラウンの巻き毛が、オレンジのストレートヘアになっていれば、今まで見過ごしていた可能性も十分にありうる。 それでも、彼は沢口に間違いない。杉崎はやっと見つけた安心感で沢口を見つめた。 「探したぞ沢口」 「……嫌だ、どうして」 突然の杉崎の出現で、沢口はパニックを起こしかける。 そして、杉崎の前に居たたまれなくなり、引き留める手を振り払って店から飛び出して行った。 「沢口っっ!」 追いかけようとする杉崎の行く手を、男とバーテンダーが塞いだ。 「どいてくれ」 「そいつは聞けねーお願いだな」 ふたりの表情が攻撃的な色を帯びる。 「トシはあんたを嫌がってた。そんなヤツには渡せないな」 「あんたフラれたんだよ。諦めたらどうだ?」 ふたりの挑発は杉崎の感情を逆撫でした。 「そこをどけ。貴様たちに干渉されるいわれはない」 ふたりの挑発を受けてたつような双眸に、店内の男たちは彼等をとりまくただならぬ気配に反応して立ち上がった。店内の全てが杉崎の敵に回る。 そのとき、突然店のドアが開いて土井垣ら海兵隊が現れた。バーテンダーは突然乱入してきた彼らに驚いて、杉崎から意識を逸らした。 「 土井垣に促されて、杉崎は男たちを押しのけて店を出て行った。 「待てコラ!」 男が杉崎を捕まえようと動いたが、それはすぐに海兵隊に阻まれた。 「――やんのかゴルァ」 人相もガラも悪い大男たちは、とても素人の集団には見えない。 バーテンダーたちは、沢口の身を案じながらも、どうする事も出来なかった。 ふたたび街をさまよいながら、携帯に入ってくる情報を元に杉崎は沢口の足取りを追った。 全ては立川が指示してくるが、その範囲は広い。 一体何人の人間が関わっているのだろうと疑問に思う。 杉崎は、それでも情報を信じて目標に向かった。 街中の公園で、噴水の傍でうずくまるオレンジ色の髪を発見した。杉崎はすぐに沢口だと確信して駆け寄った。 一度それを認識してしまえば、かえって発見が容易い容姿だと思える。 ドラッグを使ったすぐ後で急激に走ったため、沢口の身体はショックを起こしかけていた。 冷たくなった身体を抱き寄せて、杉崎はパネッシアでの迎えを要請した。 街中の公園への、大型爆撃機の突然の出現は市民の度肝を抜いた。 「まったく、ムチャ言うぜ」 パネッシアを乗り付けて来た立川は、呆れて杉崎を機内に迎えた。 「救急車より速いからな」 脱いだ上着にくるんで、沢口の状態を案じながら大切そうに抱きかかえる杉崎の口数は少ない。 確かに三分足らずで到着した。パネッシアの要請は、正しい判断だったかも知れない。 「帰るぞ」 「ああ」 パネッシアは公園から垂直に離陸して、夜の街を去って行った。 「――っしゃ!俺たちも撤収だ。街に出ている連中に撤収命令を出してくれ」 公園の陰からパネッシアを見送った土井垣は、フェニックスで指揮を執っていた黒木に連絡した。 沢口の捜索は、その身柄を確保して終了した。 「一体どうしたんだ?」 メディカルセンターで沢口を迎えた響姫は、白衣をはおりながら驚いて尋ねた。 「質の悪いドラッグに手を出したらしい」 蒼白の顔色が緊急性を示していた。 両耳に数個ずつ飾られたピアスと、痩せて変わり果てた彼の姿が痛々しい。 「補液だ。ルート取って……と、これじゃあ無理か……」 攣縮した血管がルートの侵入を拒んでいる。 「モニタリングして。俺はカットダウンする」 「はい」 響姫の指示のもとに、キムとソニアが手際よく治療に当たる。 メディカルセンターの入り口に、沢口の安否を気遣って現れたギャラリーを、立川は丁寧に退場させてドアを閉鎖した。 治療室の外に出された杉崎は、響姫のデスクに腰掛けてぐったりと力なくうなだれていた。 「杉はん……」 立川はどう言葉をかけていいか分からなかった。 「――俺が。……俺のせいだ。俺があいつを壊してしまった……。あいつにちゃんと応えなかったから……。YESでもNOでも、ちゃんと……俺が」 力なく呟いてから、椅子に掛けていた杉崎の身体が崩れ落ちそうになった。 「杉はん!」 危うく床に落ちそうになるところを、寸前で受け止めた立川は狼狽した。 「あんたまで倒れてどーすんだよっっ!?」 杉崎の疲労は限界にきていた。 勤務終了後からの捜索に加えて、総帥の命令が下ってからの丸一日を、体力と神経を擦り減らして歩き続けていた。 そして、沢口の危険な状態が、さすがの杉崎をダウンさせた。 「――間に合ったか……。これで心置きなく出撃できるなあ」 士官室で報告を受けた聖は、嬉しそうに戦場に心を馳せていた。 「ですが総帥。戦闘隊の森少尉が行方不明だそうです。情報部からの情報では、どうやら武蔵坊に拉致されたようで……」 「えぇぇぇぇぇ――――っっ!?」 聖は情けない表情で叫んだ。 また新たに発生したトラブルに開いた口がふさがらない。 フェニックスはいったいどこまでトラブルメーカーなんだと、この時やっと理解し始めた。 3.傷心 ――終―― [*前へ] [戻る] |