楽園の紛糾
傷心12
朱の空の色にも似た、オレンジ色の髪をした少年が店に入って来た。薄暗い店内ではカウンターにある小さなイルミネーションの明かりだけが目立って、満席に近いはずのざわめきがあっても、そこにいる個々の客の姿などはっきりとは分からない。その中にあっても彼の明るい色彩の髪はよく目立って人目を引く。
「いらっしゃい。……今日は遅かったね」
顔なじみのバーテンダーが彼を笑顔で迎える。彼は真っすぐカウンターに向かって、脚の長いスツールに細い腰を落ち着けた。
「ちょっとね……ヘルプ頼まれちゃって」
「また『夜戦』?」
「ん……。でもウエイターだしね。あそこチップもいいから、ディックも今度行ってみたらどう?」
「俺は正当派バーテンダーだからね。この店がいいんだよ……。いつものでいい?」
「うん」
くせのない長めの前髪を煩そうにかきあげて、彼は煙草に火を点けた。
差し出されたビールのボトルに口をつける。くちばしのように尖らせる唇が可愛いと感じながら見つめるバーテンダーに、彼は視線を絡ませて誘う。ボトルから離れた唇はバーテンダーに尋ねた。
「――ねえ。『クラッシュ』ある?」
彼の質問にバーテンダーはぎょっとした。
「それはヤバい……いつものにしとけって」
カウンター越しに身を乗り出して、バーテンダーがささやいた。
「もう効かないんだよ」
「ケミカルドラッグと言っても……あれはタチが悪い。組成がアンフェタミンに限りなく近いから」
「んだよ。説教なんて聞きたくねー」
むっとしてビールをあおっていると、ふたりの話を聞き付けた常連客のひとりが彼の傍に寄って声をかけて来た。
「バッドトリップでもしたいのか?」
親しげに笑いかけてくる黒いあごひげの男は、彼の隣に腰掛けた。
馴れ馴れしい男を一瞥して、彼は不機嫌そうに応える。
「……つまんねーんだよ、何もかも。命削るような刺激がないと、だめなのかもなぁ……」
「そのナリで……。ヤバイ橋渡って来たってのは、噂だけじゃないんだな」
タンクトップの上にシースルーのシャツを羽織っただけの軽装で、その薄い胸元はチョーカーと繊細なチェーンで飾られていた。線の細い体はおよそ暴力的な事柄とは無縁に見える。
男は彼の膝の上に手を置いた。
「ここに……デカい傷があるってのは本当か?」
彼はその指摘に苦笑した。
「あんた、いいの持ってる?そしたらただで見せてやるよ」
「どっちもいいもん持ってるぞ」
男は下品にニヤリと笑う。
「ドラッグだよ。キメぇ笑い方すんな!」
「――『オルガ』があるぜ」
男の誘いに一瞬驚いた彼は、やがて艶然とした視線で返した。
バーテンダーの心配をよそに、ふたりの商談が成立した。
「おい!トシっ!」
「VIPルーム借りるぜ」
止めるバーテンダーを無視して、彼は店の奥に消えて行った。
VIPルームに入ると、男はポケットから小さな包みを取り出した。その中から現れた白いタブレットは、まるでキャンディのような透明な球体で、わずかな光を反射して輝いていた。
「口ん中で、ゆっくり溶かしてやるんだ」
男はそれを口に含んで彼を誘った。
男の舌に乗るドラッグを貪るように、彼は男にくちづけた。互いの舌を舐めるように、じっくりと長い接吻を交わす。
「これをアソコに入れて犯ると、ブッ飛ぶぜ」
「俺はソコは使わねーよ」
「なんだ……まだベィビィかよ」
男は少しだけ興を削がれたような態度を見せてから彼をからかう。
「ベィビィちゃんはおしゃぶりとミルクが大ちゅきなんですね〜」
「黙ってろ……せっかく効いてきたのに」
動悸がしてきた。身体全体が熱くなる。
粘膜から吸収されたドラッグの回りは早かった。
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