楽園の紛糾 傷心8 街を歩いて沢口の捜索に乗り出していた森の携帯が鳴動した。 直ぐに携帯を手にしてからその相手を知り、驚いて声を上げたが、周囲の視線が気になってトーンを低く落として応答した。 「――今まで何やってたんですか?今、大変なコトになってるんですよ。だいたいあなた、今日の式典……なんでサボっちゃったんですかぁ?」 「まあ、いろいろあってね。君、今どこにいるんだ?」 「え?1番街の10丁目通りの入り口のところです」 「じゃあ、近いな……。今から迎えに行くから、そこを動かないで待っていてくれ」 「え?でも僕は今仕事中で」 「気にするな。わたしも今取り込み中なんだ」 意味深に言い残して、通話を強引に切られてしまった。 「取り込み中……って」 突然の連絡に茫然として立ち尽くした森は、すぐにタイヤの軋む音に気付いて視線を奪われた。 暴走する乗用車が通りに沿って向かってくる。それは武蔵坊の愛車だった。しかもその後方からも1台の車が続いて来ている。まるでそれは武蔵坊の車を追跡しているようでもあった。 「蘭丸!早く乗るんだ!」 武蔵坊は森の前に急停車してドアを開け、森を車内に引きずり込んだ。 後方の追跡車が激突しそうなほど接近してから、武蔵坊は車を発進させた。 「べ……弁慶」 猛スピードで街中を走る車内で揺さぶられながら、必死にシートにしがみついている森の表情は凍りついていた。 「なんか……追われているような気がするんだけど」 「気がするんじゃなくて、本当に追われてるんだよ」 穏やかな笑顔が返ってきた。 「なぜですか?」 森は唖然として訊ねた。 「さあね……。式典をサボったためのおしおき部隊かな」 平然として答える武蔵坊に、森は呆れた。 「おしおき?おしおきでこんな……」 街を抜けてハイウエイに入ってから、ミラーの脇を銃弾がかすっていった。 武蔵坊はバックミラーで、後方の追跡者が狙撃してくるのを確認した。 「どうして撃ってくるんですかぁっ!?」 森はパニックを起こしかける。 「仕方ない。蘭丸、運転を変わってくれ」 「え?」 「早く!」 促されるまま森は運転席に滑り込んだ。サイドシートに移った武蔵坊は、後部座席からライフルを取り出し、ウィンドウを開けて追跡してくる車を狙った。 「撃っちゃうんですかぁっ?」 森は驚いた。 「仕方ないだろう。捕まりたくはないからね」 そう言ってから、武蔵坊は追跡してくる車のタイヤを狙った。 その間にも銃弾が飛んでくる。 (本気か?まずいな……勘づかれたか) 武蔵坊は、一条とコンタクトを取った数十秒の交信の発信源を、本部が特定した事を知った。 武蔵坊が放った一発の銃弾はタイヤに命中し、後続車の制御を奪った。 車はハイウエイを外れてガードレールを押し潰して横転した。 「ああっっ!もう、取り返しつきませんよお!」 情けない声で訴える森。武蔵坊は苦笑した。 「折角の君とのデートを邪魔するからだよ」 ライフルを抱えたまま、運転席の森に艶然と流し目を送る。 「デートって……。僕は仕事中って言ったじゃないですか」 「仕事?街中で?」 「フェニックスに発進命令が出ているんです。今は待機中なんですが、ちょっと沢口を探していたので……」 「沢口少尉が?どうかしたのか?」 「僕のほうが聞きたいです。……それよりも、僕は仕事に戻らないと」 ハイウエイから出ようとした森のハンドルを握る手が、武蔵坊に止められた。 「止めて。運転を変わるよ」 森は武蔵坊に促されるまま車を止めて席を変わった。 武蔵坊はふたたびハイウエイの流れに乗って、港から反対方向に向かって行った。 「弁慶……。僕は帰らないと」 武蔵坊に訴える森の瞳は、なにか正体のわからない不安を抱えていた。 「大丈夫。夜明けまでには君を解放してあげるよ。フェニックスもそれまでは発進しない」 穏やかな横顔が、全ての事情に通じているように微笑んでいた。 先程までの追跡とフェニックスの緊急発進命令が、何か自分の知らない所で繋がりを持っている。森はそう予感した。しかし、その理由を知るのが怖くて、森は何も訊けなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |