楽園の紛糾
傷心6
フェニックスのスタッフに緊急招集命令が降りた。陽が暮れ始めた軍港にスタッフが続々と集まってくる。
出発に向けて最終調整に余念がないスタッフの中で、橘は沢口の出頭が遅れている事を案じていた。
時間は刻々と近付いてくるのに沢口は連絡すら寄越さない。
最早じっとしてはいられなくなった。
「西奈!」
橘は通信室に飛び込んで、ギャラリーを気にもとめずに西奈に抱き着いた。
「どうしよう、沢口が来ないんだ……。あいつやっぱり、辞表を出したってのは本当なのかな?」
縋るような視線を向けて、橘は西奈に訴える。
「橘さん……」
西奈は橘を抱きとめて、その髪に頬を寄せた。
「大丈夫、きっと現れますよ。連絡してみましたか?」
「まだ……」
不安そうに見上げる視線が愛しい。自分を頼って来てくれた事が嬉しい。
西奈は幸せそうに、橘を見つめた。
「では、ブリッヂから連絡を取ってみましょう。一般回線に変調できますから」
西奈はそのまま橘の肩を抱いて通信室を出て行った。
通信士たちは唖然として、なんとなく顔を赤らめつつ自分たちの世界に浸るふたりを見送った。
「――ったく……。杉はんは遅れるわ、沢口は行方不明だわ……。この非常時に一体何やってんだ」
ブリッヂの指令席に座る立川は、不愉快そうに吐き捨てた。
一般回線を使用して沢口に連絡を取ってみたものの、その回線は不通になっていた。フェニックスは遮那王の出方次第で、緊急発進しなければならない。艦長まで不在では、司令部に申し開きも立たないだろう。
「どうしたんだ?まるで活気が無いなここは」
苛立ちと不安が渦巻くブリッヂに、ジェイドを伴って入って来た聖は開口一番に呟いた。
ブリッヂへの見慣れぬ高官の出現に、オペレーターたちの視線が集中する。
聖はそのまま立川の傍に歩み寄って右手を差し出した。
「今回の任務に同行させてもらいます武藤です。よろしく」
どこかで聞いたことがある名前とそのユニフォームが立川を慌てさせた。
「――武藤総帥!」
立川は指令席を降りて敬礼で迎えた。差し出した聖の右手が行き場を失う。立川は改めてそれに気付いて握手を返した。
他のスタッフも立川の言動を見て、同様に敬礼をもって迎える。初めて出会う大物にブリッヂは緊張した。
「ああ、遠慮しないで続けて。自分は挨拶に寄っただけだから……。一応彼も紹介しておこう。副官のジェイド・ブロンディ中将だ。彼も今回の任務に同行する」
「よろしくお願いします」
ジェイドは立川に握手を求めた。
「こちらこそ。副長の立川です。よろしくお願いします」
ジェイドは立川と握手を交わしながら尋ねる。
「艦長はまだお見えになりませんか?」
「あ……はい。恥ずかしながら、少々取り込み中で……」
困惑しつつうやむやに答える立川に、聖が真実の刃で切り込む。
「では、まだ砲術長は見つからないのですね」
「えっっ!」
聖の一言にブリッヂの全員が反応した。
なぜそれを知っている?
聖の目の前で立川の視線が訴えていた。
「まあまあ……そんなに驚かないで。自分が杉崎艦長に説得を依頼したのですから、事情は知っていますよ」
「説得って?」
「こんな時に辞表を出されても困りますからね。なんとか思いとどまって欲しいと……。あれ?知らなかったんですか?」
「知りませんでした〜〜っっ!」
情けない声と表情を向ける立川に、聖は困惑してみせた。
「困ります。砲術長がいないとフェニックスは飛びません」
「なぜ?」
通信席の傍に立っていた橘が急に不穏になって、西奈になだめられた。
「いやだ!沢口がいないのにフェニックスを出せるかよ!絶対に嫌だ!」
聖は唖然とした視線でふたりの様子を眺める。
「橘さん、落ち着いて下さい。まだ来ないと決まった訳ではないのですから」
予想通りの橘の様子を見て立川が指摘した。
「……パイロットがああなるからです」
「あ、そう」
聖は思案した。トラブルは人生の華だが、大きな戦を前にしては、こんな小さなトラブルごときではあまり嬉しくも無くなる。彼は早く戦場に赴きたくてうずうずしていた。
聖は早急な解決に乗り出した。
「では、こうしましょう。フェニックスは自分とジェイドで守っていますから、あなたがたも砲術長捜索に乗り出してはいかがですか?」
聖の申し出に、橘は一も二もなく同意した。
「行きます!行かせていただきます!」
橘は聖に敬礼を残して一目散にブリッヂから駆け出して行った。
「あ!待って下さい……橘さん!」
西奈も聖に目礼を残すと、橘を追ってブリッヂを後にした。
「あっっ!おまえら勝手に」
飛び出したふたりを咎める立川にも、聖は捜索への参加を促した。
「人数は多い方がいい。動けるスタッフをできるだけ集めて捜索してもかまいません。多分そのほうが早く見つかるでしょう。……ただし」
「はい?」
「説得は杉崎艦長に任せて下さい。本来は彼の任務ですから」
にこやかに笑顔で指示する聖に促されて立川は思案した。
あまり事を大きくしたくはないが、事態は急を要する。直接関わりを持たずに、情報だけが杉崎に集中できるのなら願ったりだ。
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
立川は聖の心遣いに感謝した。
「城。留守を頼んだぞ」
「分かりました」
にっこり笑って、オペレーターの城は立川を送り出した。
「さて、我々は出発まで待機させてもらうよ。士官室のひとつを借りたいのだが」
聖は城に告げて許可を求めた。
「勿論です。あ……ご案内します」
城は席を立ったが、ジェイドがそれをやんわりと断った。
「大丈夫。内部構造は大体把握しています。ご心配なく」
「ですが、キーナンバーを……」
「マスターキーを持っていますよ。何かあったらコールして下さい」
ジェイドはにっこりと微笑み返して、聖と連れ立ってブリッヂを後にした。
「さて……。確かここには雅がいたっけ」
士官室に落ち着いてから、聖はおもむろに携帯を取り出してアドレスを検索した。
「何ですか?」
「あいつにも活躍してもらうのさ」
疑問を抱くジェイドをよそに、聖はラインが繋がった相手を確認した。
「……よう、雅。久しぶりだな」
少しの間の後に、用件を伝える。
「ちょい協力してくれよ。砲術長が街に紛れてつかまらないんだ。アイツがいねーとフェニックスが飛ばないらしいからよ。おまえのツテで早いとこ捜索してほしーの……。そう。……うん。情報は全て杉崎に集中させて、接触はしなくていい。ああ……頼んだぞ、杉崎のナンバーは分かるか?」
また少しの間が空いた。杉崎のナンバーを確認しているらしい。
「OK……そうだ。……くれぐれも接触はしないようにな。ちゃちゃ入れさせんなよ。頼んだぜ」
聖はそう依頼するとラインを切った。
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