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楽園の紛糾
傷心3





「プライベートまで立ち入るつもりはありませんが、公務に差し支えるようでは軍総帥としての自覚を問われます。お謹み下さいますよう……」
 この件に関しては明らかに聖の分が悪い。
「分かったよJ・B。ちゃんと働くから……。フェニックスにオレのガーディアンを搬送しておいてくれ」
「え?やはりあれは」
 官房長官は、脅えたように聖に尋ねた。
「おう。オレ様の専用機だ。まだ実物にはお目にかかっていないが……開発部にいい技師が入ってよかったなあ、長官」
 あっはっはっ……。と官房長官の背中を叩きながら上機嫌で笑う。
 開発部からの情報によると、反応速度が極限まで高められたパワードスーツの発注があったという。
 火力と反応速度は倍。スピードは大気圏で音速を超えたと言う。開発に携わった技師たちは、極限の可能性を追及して結構夢中になっていたらしいが、いざ完成してみると通常の人間が乗れるような代物ではなかった。
 そのパワードスーツ『ガーディアン』は、重厚なフォルムからヘビイメタルと呼ばれ、常に暴走状態を作り上げる、いわば暴れん坊将軍たる聖にとってはうってつけの機体だった。
 ツアーで忙しいはずの彼が、そういう情報にだけは敏感に反応し、行動が迅速である。官房長官は呆れた。
「そうですね。あれの性能が十分発揮できたとすれば、すばらしい戦果を上げられるでしょう」
「だろう?」
 嬉しそうに同意を求める聖に、ジェイドは至って現実的な評価を下した。
「ですが、実際はただの高価なカンオケです。よくあんなものに乗ろうなどとお考えになれますね」
「だからさっきから言ってるだろ?オレ様を誰だと思っている」
「EXCELの武藤聖」
「EXCELは余計だ」
 聖の機嫌がふたたび悪くなった。
「サラマンダ―の復活だ。……覚悟しろよアラブのオヤジ」
「ヘルヴェルト大統領に向かって……失礼ですよ」
「おまえ誰の味方だよ?」
 聖は呆れた。
「自分は常に公正な立場にありたいと心掛けております」
「あ……そ。立派な心掛けだな」
 そんなのはただの言い訳だ。聖はそう思って一瞥した。
 コイツはただオレ様に意見したいだけなんだ……。そう考えるとまた腹が立って来た。
 そして不意に、昨日会った『タカ』の事を思い出した。
 自分がフェニックスに同行したとして、そうなってしまえばしばらく彼と会えなくなる。せめてもう一度会って約束したい。行きずりではなくて、彼とは正式に付き合いたいと思っていた。
 あんなに繊細で優しい、しかも見た目も仕草も抜群に綺麗な彼が、果たして独身なのかが非常に気になる。
 マナーが良くて上品で、程よく蠱惑的で。彼が自分のパートナーだったら最高だと思えた。
 急に黙り込んで思案する聖を見て、ジェイドは鋭い勘を働かせた。
「心ここに在らずですね。公務に就いていても愛しい人の事が気になりますか?」
「よけーなお世話だ!」
 聖は途端に不機嫌になって、ジェイドに吐き捨てた。
「ところで総帥。」
「なんだ。まだ何かあんのか?」
 聖は不機嫌なまま官房長官の報告に耳を傾ける。
「辞表が出ていましたので一応は受け取りましたが、受理はしていません」
 官房長官から渡された辞表を見て、聖はきょとんとした。
「フェニックスの砲術長じゃねーか。何だってこんな時期に……。それにコイツ、確か自分からフェニックスに志願した奴だろ?杉崎のシンパじゃねーか」
「確かに。……一身上の都合により退役を決意したようですが、それを受理しては杉崎の士気に関わるかと」
「たかだかいちオペレーターの退役がか?」
 聖の疑問にジェイドが答える。
「杉崎は彼を大層可愛がっていたそうですよ。一条とバーグマンも彼の引き抜きにかかっていました」
「そんな期待される人物が、なぜ急に」
「さあ……。ただ」
「なんだよ。勿体つけんじゃねえ」
「ここしばらく、夜の街に入り浸りだそうです。杉崎も、彼を更生しようとして街を探し歩いているそうですが……」
「転職か?」
 聖は唖然とした。公務を蹴ってまで水商売に嵌まるとは思えない。
 ジェイドはそんな聖の発想を笑った。
「中東系の美少年といった風情は、大層魅力的ではありますが……。外見はどうあれ、そういったタイプではなかったはずです」
「なんだ。おまえの好みかよ」
「個人的意見を申し上げているわけではありません。これ以上フェニックスのゴタゴタを増やしては、杉崎が可愛そうですよ。副長を失って苦労していたわけですし……」
「だから立川をあてがったんだろ?」
「立川とて、いずれは情報部に戻らねばならない。そうなればブリッヂを不動のスタッフで固めてあげるしかないでしょう」
 聖は不審そうにジェイドを見た。杉崎には随分と優しいではないか。
 気に入らない。
「好みだったのは杉崎のほうだったのか?」
 聖の指摘で、ジェイドの表情がピクリと反応した。
「ジェイビイ〜。個人的感情で公務に携わってはいけないなあ」
「いえ、自分は今回の任務に支障があってはならないと……」
 口調はいつもと変わらないが、彼の表情は微妙に変化して緊張を示す。
「分かった……。分かったよJ・B。杉崎を困らせたくはないよなあ?」
 聖はジェイドの弱みを握って、この上なく嬉しそうに彼の肩を抱き邪まな笑顔を向けた。
「――官房長官。杉崎に辞表の件を伝えて砲術長を説得させろ。今辞めてもらっては困るとな……ヤツの尻を叩いておけ」
 ジェイドは驚いた。
 それを伝えては杉崎が動揺する。
「そんな事は、別な者にやらせればいいでしょう」
 聖は笑いをこらえてジェイドを一瞥した。
「杉崎自身も自己判断で既に動いていたんだ。ヤツが納得するまでやらせときゃいいのさ。期限は明日の夜明けまで。間に合わなければ辞表を受理して、フェニックスは砲術長抜きで発進する」
 冷たい指示に、ジェイドの表情が悲しそうに変化した。
「あなたは、杉崎には随分と冷たいのですね」
「おまえが杉崎には優しすぎるからだ」
 聖がニヤリと笑って答えた。



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