楽園の紛糾
傷心1
3.傷心
HEAVEN防衛軍統合本部はその前方に広大な港を有し、その向こうには外洋が広がっている。
都市から離れた郊外の、更にその奥に位置する本部への一本道は、その両脇の歩道が並木道となっていてやってくる者の目を楽しませる。春の見事な桜並木はここセントラルシティの名物でもあった。
統合本部ビルの正面玄関からロビーを抜けて、その場では滅多に見かける事の出来ない珍しい人物が単独で現れた。
アイボリーのスタンドカラーは、軍高官である身分を示す。
まるで、ひとつのファッションであるかのようにそれを着こなした姿は、軍高官のイメージとは程遠い。
肩まである亜麻色の長い髪をなびかせて、まだ若い面射しは職員の視線を否が応でも集中させる。
彼は大股でロビーを歩いて、自分が目指す先しか目に入らぬ様子で、エレベーターに乗り込んで行った。
最上階でエレベーターを降りた彼は迷わず総帥執務室のドアへと向かった。
「J・B!」
勢いよく執務室に入って来た者の姿を確認して、室内のデスクに向かっていたジェイド・ブロンディ中将は、笑顔で立ちあがって彼を迎えた。その動作によって、長いブロンドの髪が肩の上で弾むように揺れた。
「これはこれは……お帰りなさいませ総帥。ツアーのほうはいかがでしたか?」
機嫌を窺うような物言いが、ただでさえ怒りで切れそうになっている神経を逆撫でする。
「ありゃあ一体どーゆー事だ!オレにも分かり易く説明してもらおうか?」
ジェイドの襟を締め上げて、彼は咬み付く様に食ってかかる。
「このオレ様の留守中に、勝手にナシつけやがって、一体どーゆー了見なんだっ!!」
美しい外見に似合わず下品だった。しかも血の気が多い。軍総帥という立場にあるには若すぎる外見だったが、実際のところ実年例は不祥である。
ジェイドは彼をなだめにかかったが、その剣幕を聞き付けた官房長官が、隣室から慌てて総帥執務室に飛び込んで来た。
「武藤総帥!お聞きください!……これは全て我々の裏をかかれたような事態でありまして。大統領と各官僚の独断が……」
「ほ〜う……。じゃあなんでセレスが護衛についていったんだぁ?不思議だよなあ……。バーグマンが独断で同行したってのかぁ?え?」
威嚇の表情のまま官房長官を睨めつける。官房長官は言葉を失った。
「大統領から直々に命令が下ったらしいのです。バーグマンもまさか、本部を通していないなどとは思ってもみないでしょう」
ジェイドは仕方ないといった表情で訴えた。
命令系統を全く無視した大統領のやり方も気に入らないが、それに意見できなかった高官連中も情けない。
彼は、さらに責め立てた。
「オレの指示のないまま、あの野郎の命令を受理したってのが納得いかねぇ。……おまえらオレ様の事を何だと思ってる!」
「――ロックの歌唄い。若者のカリスマ。EXCELの武藤聖」
彼はジェイドの指摘に何も返せなかった。黙り込む聖に、官房長官は勢いを得て訴えた。
「そうです総帥!あなたがツアーにでかけていた間、それはもう大変だったのですから!こんな事態は実に百年ぶりというくらいの」
「――厳密に言えば百二年ぶりです」
ジェイドが修正すると、官房長官は不愉快そうな表情で彼を一瞥した。
「だって……仕方ないだろ。オレだって忙しいんだ」
「そうですね。ですから、あなたが長官を責める道理はありません」
「ジェイビイイィィ〜〜」
悔しいが何も返せない。聖はジェイドを睨んでいた。
「あなたの不在を守るために、官房長官は惜しみ無く働いてくれました。だいたい噂の『フェニックス』がHEAVENにやってきていると言うのに、あなたは無関心すぎる」
聖はむっとしてジェイドを見た。
「フェニックスはトラブルメーカーです。またどんな紛争に巻き込まれるかと懸念して、お守り代わりに黒木さんを送り込んでくれたのも官房長官のお志ですよ。彼を責めてはいけません」
「そりゃあコナかけられる奴が悪いんだ。てめーに降りかかる火の粉はてめーで払わせりゃいいだろ」
そんなセリフを吐く聖に、ジェイドの冷たい視線が注がれた。
「な…んだよ」
その視線に聖が構える。
「それを、戦闘部隊の前で言ってごらんなさい。杉崎のシンパにフクロにされますよ……。ご存じでしょう?あれもひとつのカリスマだと」
諭すような口ぶりが気に入らないが、彼等のした事は間違いではない。
「だがなっ!」
聖が何か言いかけたとき、執務室に情報作戦司令部部長がやってきた。
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