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楽園の紛糾
love me11





 夜明けのカーテン越しの薄明かりのなかで、橘が目覚めた。
 シャワーも浴びずに、疲れた身体を寄せ合いながら眠るベッドの中は暖かで、そこを抜け出すには勇気さえ必要に思える。寝心地のよい枕の正体が西奈の腕だった事を知り、幸せな気分になる。
 なぜ違和感を覚えないのか不思議だった。
 考えた事もなかった関係に照れ臭さはあっても、以前に抱いていた印象はない。
 橘はうつ伏せたまま少しだけ上体を起こして、西奈の寝顔を眺めた。
 ひとつ年下の彼は、自分よりも男らしさを感じさせる。精悍なイメージとも違うし美男子といったふうでもないけれど、ほどよく整ったソフトな面差しは、女性受けしそうだと納得させられた。
 厚めの胸板に発達した筋肉が乗って、骨格そのものをあまり感じさせない。自分とは全く違う大きな身体を見つめているうちに、やがて、この身体に抱かれたのだという実感が急激に襲って来た。
「……ん」
 寝具の隙間から冷えた外気が入って来た刺激で、西奈が目を覚ました。
 耳まで真っ赤になって自分を見つめる橘を見て不思議に思う。
「どうしたんですか?」
「いや!……あの」
 ひとが危うい感情でいたときに急に目覚めるなんて卑怯だ。
 うろたえる橘の様子を見て、西奈はクスッと笑いを洩らした。
「ゆうべは素敵でした。ありがとう、橘さん」
 動揺したままの橘を抱き寄せて、甘いおはようのキスを贈る。
 橘は、昨夜の乱れた自分を思い出して居たたまれなくなり、ベッドから降りようとしたが、すぐに後ろから抱きすくめられて身動きがとれなくなった。
「待って。……逃げないで。もう少し、こうしていたい」
 耳元でささやかれる甘い言葉と優しい抱擁に(ほだ)されて、橘は切ないほどの胸の疼きを覚えた。
 しばらく橘を抱き締めたままで、その温もりを楽しんでいた西奈は、この幸せをかみしめる。
「橘さん……。自分は、欲を出してしまいそうです」
 西奈の胸の内を明かされて、橘の心臓がトクンと高鳴った。
「あなたとずっとこうしていたい。あなたの事をもっと知りたい」
 抱き締める腕に力が込もる。
 自覚していないだけだったのか、それとも急に目覚めたのかは判らない。気付いたら、橘のすべてを求めている自分がいた。
「あなたに、もっと好かれたい」
「西奈……」
 その腕に抱かれながら、橘は背中に伝わる体温に戸惑う。
 感情を正直に伝えてくる彼の気持ちが嬉しい。
 だから、正直に気持ちを伝えた。
「自分では、どうしていいのか分からないんだ。そんなふうに言われると、すごく嬉しいのに、迷う……」
 うつむき加減で照れ臭そうに話す橘の態度に、西奈はほっとした。
 こんなのは一時の気の迷いだったなどと言われたらどうしようかと気が気ではなかった。
「橘さん。蒸し返すようですけど、自分はこう思うんです」
 惜しみ無く高額の紙幣を残していく女たちの感情を、西奈は推し量って橘に告げた。
「あなたは素敵すぎて、あなたとの時間を持てた事の気持ちを、みんなどう表現していいか分からなかったんじゃないか……って。決して束縛できるような相手ではないと諦めるために、あんな形でしかあなたへの気持ちを表現できなかったんじゃないかと思うんです」
 もし、自分が彼女たちの立場であったなら、橘を束縛できるなどとは到底思えないだろう。実際、今でも昨夜の実感があまりないのだ。自分だけが深みに嵌まって、捨てられそうな悪い予感が付きまとっている。
 橘は西奈の解釈を聞かされて、穏やかな笑顔を浮かべた。




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