楽園の紛糾
いつも君のそばに10
夜も更けて皆が帰り支度を始めた。
翌日が休日な事もあってゆっくりしていたものの、さすがに泊まり込むわけにもいかず、全員が撤収してゆく。
「ごちそーさん」
ドアの外に見送りに来た杉崎の傍に、響姫が立ち止まって笑顔を向けていた。他の者は、次々と乗用車をまわして、家の前でウインドウを開けて挨拶をして帰っていく。
「こっちこそ……。まさか、おまえの手料理を食べさせてもらえるなんて思わなかった」
杉崎は穏やかに笑い返す。
「また美味いモンつくってやるよ。今度は俺の家で……」
仲睦まじく語らうふたりに、早乙女が割って入った。
「いいですね。でも、ふたりきりにはさせませんよ」
酔いも手伝って堂々とジャマをする。
「生意気言ってんじゃねーぞコラ」
響姫からゲンコツで頭をグリグリされて、早乙女は痛みに悶絶した。
「どーも御馳走様でしたぁ」
橘と沢口が、早乙女の有り様を笑いながら横を通り過ぎて挨拶して行く。その後に続いて、軽く会釈して西奈が通り過ぎて行った。
「帰るのか?」
駐車場に向かう沢口を杉崎は思わず引きとめた。
その場にいた早乙女と西奈は、何かを感じとる。
周囲の者たちは興味深々で、じっと沢口の次のアクションを待っていた。
「帰りますよ。今日はもう遅いし。……泊まっていくわけにもいかないでしょう」
沢口の答えが杉崎を考えさせた。
親と同居では、やはり何かと不都合な事がある。
「じゃ」
沢口が背中を向けると、杉崎はつなぎ止めるようにその背中に声をかけた。
「明日連絡するから。部屋にいろよ」
沢口が振り返った。
ギャラリーの注目をあびて、しばらく沈黙する。
そして、じっと杉崎を見つめてから「いやです」と、きっぱり拒絶して去って行った。
渋い表情で沢口を見送る杉崎に、響姫は同情する。
沢口は自分の車に乗り込んで、駐車場から玄関先に車をまわしてきた。そして、ウインドウを開けてから杉崎に物を投げてよこした。
受け取ってみると、それは小型の携帯電話だった。
「僕から連絡しますから」
そう言い残して、響姫に軽く会釈をしてから沢口は車を発進させた。
茫然として見送る杉崎に、響姫はやはり同情する。
「おまえ。……都合のいい男になってないか?」
響姫の指摘で、再び渋い顔をして受け取った携帯を見つめる。
そして、何だか可笑しくなってきて、つい苦笑いしてしまった。
「いいさ。あいつのマイペースは、俺に甘えている証拠だから」
杉崎の言葉を聞いて、早乙女は感涙しそうなほどのあこがれを抱いた。
「大人ですね。僕もそんな風に言ってみたいです」
それを聞いた響姫は、呆れてものも言えない。
そんな事を言うのは百年早いと響姫は思う。少しからかって冷たくあしらっただけで、どうしてそんな事言うのだの、僕のこと愛してないのだの、しまいには杉崎との事まで引き合いに出して絡んでくるくせに、ふざけたことを口走るなと言いたいところだったが、うるさく絡まれるのは嫌だったので、余計なつっこみは止めておいた。早乙女の外面と内面のギャップのひどさは天下一品だと思う。
「ところで。……沢口と艦長は電話友だったんですか?」
杉崎と響姫は、身体の一部からねじが一本抜け落ちたような脱力感を覚えた。
「なんで俺が沢口のお友達をせにゃならんのだ?」
「バカかおまえは」
突然ふたりに詰められて旗色が悪くなった早乙女は、俯に落ちない疑問を返す。
「だってどうして電話……」
「俺は都合のいい男だからな」
苦笑する杉崎の答えは、早乙女にとって答えになっていない。
「──さあ、帰るぞ」
呆れて何も言いたくなくなった響姫は、早乙女を強制送還すべく門の外にひきずって行った。
「またな!」
笑いながら見送る杉崎は、自分たちに約束された明日がある事をふたりの後ろ姿に伝えた。
響姫は背を向けたまま、杉崎に手を振って応えた。
そして、ふたりは路上に停めてある濃紺のクーペに乗り込んで、そこから去って行った。
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