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楽園の紛糾
いつも君のそばに8





「先生?」
「おう。帰ったか」
 くわえ煙草で中華鍋を返すその姿は、なぜか似合っていて納得させられる。
 熱気のこもるキッチンで、鉢巻きのように汗止めのタオルを巻いている響姫のエプロン姿は、本職のようにも見えた。
「ほら、あがったぞ」
 めったに使わない高価な大皿に盛られた料理が、傍にいた早乙女に渡されて運ばれて行った。
 響姫の横では、野菜の皮むきをしている西奈の姿がある。
 まかないをしていたのが、女性陣ではなかったのには驚かされた。
「すごいな、ふたりでつくってたのか?」
 感心する次郎に、一服する響姫が自慢げに笑う。
「独身生活が長いからな」
「自分もです」
 響姫とは対照的に、情けない顔で応える西奈。
 次郎は思わず笑いを洩らして、気持ちを切り替えてから上着を脱いでシンクに向かった。
「実は俺も独身生活が長くて。兄貴の家政婦やらされていたんだ。……手伝うよ」
 包丁を取り出して、根菜の下ごしらえを始める。
「あと一品もあれば十分だな。ガンバレよ」
 響姫は煙草をくゆらせながら、西奈の不本意を笑っていた。
「……で、おまえらはここで何やってんだ?」
 キッチンのテーブルには橘と沢口がくつろいでいる。
「見物です」
 愛想よく笑い返すブリッジのマスコットたちは、やはり実用的ではなかったかと知って、次郎は失笑した。
 それでも、愛嬌だけは人一倍だと思う。
「ところで沢口。そのナリはどうしたんだ?」
 次郎は沢口の変わり身を知らなかった。一体何事が起きたかと思う。
「ちょっと、不良しちゃったんで」
 顔を見合わせてクスクス笑う沢口と橘のふたりに、次郎はそれ以上何も訊けなかった。
「ま、キレイになったけどな」
「どーも」
「でもな……」
 シンクに向かって作業しながら指摘する。
「それじゃあ野郎を相手にしてるみたいに見えるぜ」
「するどい」
 橘と沢口は互いに顔を見合わせて、ふたたびクスクスと笑い始めた。
「その野郎が兄貴だって知ったら、なんて言うかなぁ」
「よせよ」
 小声で囁き合うふたりを背中にして、西奈は身の凍る思いでいた。
 そんな囁き声を聞くともなしに聞いてしまった響姫まで、プッと吹き出してしまう。
「なんだ?」
 訝しげに振り向いた次郎に、ふたりは愛想よく微笑み返した。
「なんでもありませーん」
「止めろ。……野太い声で小娘みたいなマネしたって気色ワリイだけだぞ」
 いささか変な空気にあてられた次郎は、機嫌が斜めに下がって来た。
 そこに、折り悪く土井垣がやってきた。
「お後ありませんか?」
「おまえが一番気色ワリイんだよ!なんでそんなコトやってんだ?似合わねーだろーが!」
 突然、刃物を持ったままの次郎に毒づかれて、土井垣はカチンときた。
「んだとーっっ!」
「篤士さん」
 後ろに居た葵がシャツの裾を引っ張って、逆上しかかった土井垣を諌める。
「あ。うん」
 土井垣は葵の心配そうな顔を見て、落ち着きを取り戻した。
 レクリエーションを期待していた次郎は、興を削がれてため息をついた。
「覚えてろよ。いつかてめー犯って……」
「篤士さん!」
 強引に退場させられる土井垣を、次郎はいささか残念そうに見送った。
「ちっ!骨抜きかよ」
 ふたたびシンクに向かった次郎は、大きめの葉野菜に包丁を入れてドンとふたつに切った。
「恋すりゃ誰だって骨抜きになりますよ」
 すっかりくつろいでいる橘が横槍を入れる。
「──そうだな」
 大人の余裕で苦笑する響姫。
 西奈は、身の縮む思いで無言のまま根菜の皮むきに専念していた。





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あきゅろす。
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