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楽園の紛糾
いつも君のそばに1



12.いつも君のそばに



 艦隊が衛星アベルから帰還してからの後、正式な裁判を受けた哨戒艦艦隊筆頭、遮那王艦長一条隼人、以下哨戒艦の乗組員たちに下された前哨基地を有する惑星ジェイルへの派遣二十年の判決は、総帥の温情もあり、軍規違反者への判決としては情状酌量を十分に考慮した結果といえた。
 惑星ジェイルへの出発まで、哨戒艦艦隊の乗組員たちは、保護監察のもとに旅立ちの準備で忙しい毎日を送っていた。

 ある日、杉崎次郎は遮那王副長である武蔵坊の自宅を訪ねた。
 突然の来訪者に驚いた武蔵坊だったが、思い詰めた次郎の様子が気になって部屋の中へと案内した。
 室内は閑散としていて、ジェイルヘ旅立つためにそこを引き払うための準備をしていた事が分かる。次郎はリビングのソファーをすすめられて、そこに腰を落ち着かせた。
「今はなんのもてなしも出来なくて、済まないね」
 次郎の向いに腰を下ろして、武蔵坊も一息入れた。
「いいさ。べつにあんたとお茶を飲みにきたわけじゃないんだ」
「また、殴りに来たのか?」
 武蔵坊は苦笑いで応える。
「話しによってはな」
「なんだ? 穏やかじゃないな」
 何かを直訴しにきたのは分かる。だが、以前のような攻撃的でギラギラした様子はない。
 自分に直訴と言うからには蘭丸との事だろうと察する。
 武蔵坊は、次郎と森のあいだに何かがあった事を感じ取っていた。まだ迷っている様子で、視線を落としている次郎に、武蔵坊も困惑してしまう。
「なんの用だ?」
 なかなか踏ん切りがつかない次郎に待ち切れない武蔵坊が問いかけた。
 次郎の視線が武蔵坊に向けられる。
「あんたが……」
 なかなか開かなかった重い口が意を決したように、それでもまだ戸惑いがちに言葉を選んで伝えて来た。
「あのとき……。遮那王であんたが言っていた事は。あれは、本当にあんたの本心なのか?」
 急に以前のトラブルを蒸し返してくる。いよいよもって疑わしい。
「なんのことだ?」
「蘭丸とは、一時的な事だと言っていた。……あいつにも、ちゃんとそれを伝えてあるのか?」
 次郎の様子からすると、森とうまくいっていない。どうやらその原因が自分にあるらしい、と武蔵坊は察した。
「あんた……俺を当て馬に使ったろ?」
「当て馬というのなら、それはむしろわたしのほうだ」
 森の秘めた恋心を表に引き出したのは、どちらのほうだったのか。
 そういう意味では、武蔵坊のほうが当て馬だったと言えなくもない。
 次郎は苦笑した。
「――そうかもな。当て馬に反対に発情させられたままで、本命馬には見向きもしない。どうしてくれるんだよ」
「わたしは種馬じゃないよ」
 決して上品とは言えない例えに、武蔵坊も苦笑して返す。
 次郎は押さえていた感情をぶつけてしまいそうになるのを必死にこらえていた。
「あんた一体何考えてんだ?」
 次郎は身を乗り出して武蔵坊を詰問した。
「あんたも男なら、ちゃんとケジメつけろよ。あいつの心はあんたに縛られたままで、身動き一つとれないでどうしようもないんだ」
 武蔵坊にとっては意外な事実を知らされた。
「まさか……。あのこが恋しているのは、君のほうだ」
「でも、あんたを恋しがっている。……理由も分からずに突き放されて、どうしていいか分からなくて泣くんだよ」
 茫然としたままの武蔵坊に、次郎はこらえ切れずに咬みついた。
「分かんないのか?あいつが欲しいのはあんたのほうだ! 俺じゃない!」
「――どうして」
「知るか!」
「あのこは君を愛していた。わたしはただ、あのこの満たされない想いを、少しだけ慰めただけだった」
「だけど、あいつはあんたに惹かれていた。そうだろう? それくらいは分かっていたんだろう」
 何も返せなくなった武蔵坊を見ているうちに、次郎は悔しくなる。
 自分たちはまんまと武蔵坊に躍らされていた。
「あんたひとりがワル役に徹して、都合よくハッピーエンドに済ませようなんて演出には、クサすぎて涙も出ねーや!」
 結局、自分の苦労は水の泡と化してしまったと、武蔵坊は落胆した。
「勝手にケツまくってんじゃねーぞ。決着はついてないんだ。どんなに離れていたって、本当に惹かれた相手なら、永遠に心を占める事だって出来るはずだ」
 熱血直情バカとはよく言ったものだ。
 自分に都合が悪いことでも、正義感で信条を貫こうとする。
 武蔵坊は呆れた。
「君は、わたしが年上で上官だということをちゃんと分かっているか?」
恋敵(ライバル)に上官もクソもあるか」
 次郎の直情ぶりは、反面羨ましくもある。自分はいつから情熱を隠してしまうようになったのだろうか。
 武蔵坊は、この恋敵に好意すら抱いてしまった。
 一条が、彼を可愛がる気持ちも良く分かる。
「あんたがいないあいだ、あいつがいつまでもキレイなままで待っているなんて思うなよ」
 次郎は立ち上がって言い捨てる。武蔵坊は意外なセリフに驚いた。
「……って。まだ?」
 疑問を向けられて、次郎は思わず赤面した。
「あんたじゃあるまいし、他の奴を思ってる相手をヤれるほど厚かましくないんだよ」
 次郎は自分でも恰好がつかない状況が分かっていて、バツが悪そうに武蔵坊に背中を向けた。
 武蔵坊は立ち上がって次郎を追った。
「蘭丸が、わたしを待っていると……そう言ったのか?」
「言わねーよ。言うわけないだろう。言わないけど分かるんだよ」
 入り口のドアに手をかけて、沈んだ声で返してくる。
「俺にだって分かるんだ。あんたも……あいつの気持ちくらい察してやればいいだろ!」
 本当は言いたくない言葉を吐き捨てるように残して、次郎はドアをくぐって去って行った。
 ゆっくりと閉じたドアの自動ロックが、電子音で施錠を知らせる。
 残された武蔵坊は事実を告げられて深く沈みこんだ。
「――二十年なんだぞ」
 混迷したままため息まじりにつぶやく。
 命に限りがなくとも、心がどう移ろうかは分からない。
 武蔵坊は、そんな先のことまで無責任に口約束が出来る訳がないと、自らの感情を抑制していた。


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あきゅろす。
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