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楽園の紛糾
I will14





 基地の通路を手をつないだまま歩くふたりの姿は否応なく人目を引く。嫌々ついて行く沢口は、何度か手を解こうとしたが、杉崎がそれを許さない。杉崎は基地の外に出るまでずっと無言のままだった。
 外に出ると明るい太陽光がふたりを包み込んで、突然の眩しい光りに沢口は思わず目を細めた。空はなくとも、天上から誘導されて降り注ぐ陽の光は暖かで、そんな環境は沢口にとっては久しぶりだった。
 アベルの月面から直結している港とは違って、市街へと続く基地の正面には、整えられた芝生の絨毯と広葉樹の林が続いている。
 それまで無言で沢口を引っ張って来た杉崎は、林の途切れた空間で深くため息をついてから、沢口の手を解放した。
 HEAVENから連れて来たのか、小鳥のさえずりが近くで聞こえる。樹上に繁る葉をゆらして、小動物が枝を渡ってゆく姿が見えた。
 沢口は、ぼんやりと頭上の営みをながめて立ち尽くした。
 ささくれだっていた感情は、いつのまにかどこかへ消えていた。
 沢口が少し落ち着きを取り戻したのを感じて、杉崎は芝生の上に腰を下ろした。沢口はそれを目で追う。
「いいぞ。不満ならいくらでも聞いてやる」
 目の前に広がる自然の光景を見つめて、杉崎が促した。
 沢口は、悔しそうにそんな杉崎を見下ろしていた。
「まえにも言ったでしょう。その気がないなら、僕の事なんてほっといてくださいよ」
「その気がないとは言ってないだろう。その気がなくてあんなことが言えるか」
 まるでプロポーズだった自分の言葉を思い出す。しかし、それは本心だから隠す必要もない。
「前はもっと声くらいかけてくれたのに、今じゃ全然冷たいじゃん。なんでだよ」
「戦闘中に部下とイチャつく指揮官なぞどこにいる」
「あなたの気持ちがわかんないよ。感情なんて微塵も見せないで隠すことができるんだから、立派だよね……。だけど、ホントに隠してるだけなのか、って。ホントは俺のコトなんて、何とも思っちゃいないんじゃないか、って。そう思えちゃうんだよ。」
「ばか。照れ臭いだろ」
 少しだけ困ったように表情を崩す杉崎を見て、沢口は杉崎のなかの変化に気付いた。
 その、敏感になった杉崎の感情に魅かれて、目の前に膝をついて視線を合わせた。
「じゃあ前はどうだったの?いつだって可愛がってくれたじゃない」
「意識すると、だめなんだ。俺は」
「じゃあ、あんな事しなきゃよかったってコト?」
「それは違う」
 沢口に視線を移して、杉崎はきっぱりと否定した。
「そうじゃないんだ。……俺はおまえが可愛いし、ずっと傍においておきたい。それは以前から俺のなかにあった感情なんだが。いざ、こうなってしまうと、色々と歯止めが利かなくなりそうで」
 そう言って、視線はふたたび沢口から逸らされて前に向けられた。
「おまえだって、ひとりの独立した人間だ。俺に縛られたままでは嫌だろう」
 杉崎の葛藤を知って、沢口の胸が痛む。
 確かに、振り回されるだけの恋などしたくはないと思う。けれど、そうではない事に沢口も気づいていた。
「違うよ。……束縛したり、自分の都合よく好きなようにしたり。そんな事じゃないのは俺だって分かってる。でも、もっと俺を見てよ。自分だけで完結しないでよ。お互いちゃんと向き合わなきゃ、なんにもわかんないじゃない」
 どう伝えていいか分からない。それでも沢口は懸命に杉崎に向かった。
「悔しいけど、俺はあなたが好きなんだ。こんなふうに堕ちてしまうほど、あなたが好きなんですよ」
 沢口の告白は、杉崎の感情を魅き寄せた。
 荒れ果てた生活と心は、本当は杉崎を切望していた事を物語る。
「あなたに振り回される自分が嫌だった。あなたの一言で、一喜一憂する自分が嫌になって……」
 うつむく表情が泣き顔のように見えて、杉崎の心が痛んだ。
「でもね……。もっとかまって欲しい。もっと俺のこと考えて欲しいよ。あなたの気持ち、俺の事で一杯にしたい。……俺だけがあなたで一杯でいるなんて、そんなの不公平だ」
 あえかに潤んだ瞳が向けられて、杉崎は困惑した。
 恋愛するうえで、相手を安心させるためには、それまでの自分の在り方を根本から変えなくてはならない。
 自分の感情を隠す生き方しかしてこなかった杉崎はそれを自覚している。響姫にも指摘された事が、こんな若者にまで言われるとは思わなかった。
 けれど、意識していなかっただけで、自分も結構この若者に振り回されていた事を思い出す。
 どうしても失いたくなくて、彼を求めて探し歩いた夜もあった。そんな気持ちを認めてしまったほうが、本当は感情を抑えるよりも楽なのかもしれない。
 杉崎は困って微かに苦笑いを零した。




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