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楽園の紛糾
I will13





「可愛いね。オレたちと楽しいコトしないか?」
 声をかけて来た兵は、沢口を値踏みするような視線で見下ろした。そのユニフォームから、セレスの海兵隊であることが分かる。
「なんかいいモン持ってる?タバコでも酒でもいいからさあ。それくれたら付き合ってやってもいいよ」
「――タバコなら俺のをやる」
 艶然と微笑む沢口に期待を抱く兵の後ろから、威嚇するような声が返ってきた。
 驚いて振り向く兵の前で、沢口は軽く舌打ちした。不機嫌な顔で、凄む杉崎の視線をはねかえす。
 ふたりの兵は愕然とした。
「杉崎提督」
 杉崎は、狼狽したふたりの兵を睨めつける。
「基地内での不純な交渉は固く禁ずる」
 ふたりは緊張して敬礼を返してから、あわてて立ち去った。
 沢口は笑う。
「基地の外ならいいんですか?」
 艶然と問いかける沢口に、杉崎は苛立ちを覚えながら煙草を投げて寄越した。沢口はそのボックスを受け取ってから不満そうにつぶやいた。
「これ、俺にはキツイんだよ」
「モンクを言うな」
「コレだけもらっても……俺、火持ってない」
 杉崎はため息をついてから内ポケットからライターを取り出して沢口に放り投げた。
 淡い金色に輝くそれを受け取って、沢口は感嘆した。
高価(たか)そうだね……。コレ、もらっていいの?」
 ボックスから一本取り出した煙草に火を着けてから、そのライターを気に入ったように眺めて尋ねた。
「好きにしろ」
 杉崎は隣りに腰を降ろして、火のついた煙草を取り上げた。
 沢口は不満そうな顔でそれを非難したが、やがて仕方ないといった表情でもう一本取り出して改めて火を着けた。
「こんな所でなにをしている?」
「待ち合わせ」
 仏頂面で詰問する杉崎に、沢口は無愛想に応えた。
「誰と?」
「カンケーないでしょ?」
 杉崎はぐっと感情を抑えて煙を吐き出した。
「おまえは……」
 感情を押し殺して沢口に向かう。
「どうしてそう、素直になれないんだ?」
「自分には素直なつもりですよ」
「可愛げがない」
「そうですか?」
 不真面目な態度で吐く煙が、輪を描いて昇って行く。
「少なくとも以前のおまえは……。アノときだって素直で可愛かった」
「ああ。そりゃあね」
 意味深に失笑する。
「どうしたって言うんだ?俺に何か不満でもあるのか?」
 理解できないで詰め寄る杉崎に、沢口は質問を返した。
「あなた、俺の何なんです?」
「何……って」
 杉崎は突然の質問に咄嗟に反応できない。
「上官だが」
 沢口の表情が、杉崎の答えを聞いて冷え切った。
「そうでしょうね……。ただの上官だ。俺を引き戻すために体まで張ったのは立派でしたよ……。でもね、ただの上官にひとのプライバシーにまで介入してほしくないんですよ」
 杉崎は唖然とした。一体また沢口に何が起こったのかと理解できない。
「おまえ……なに言ってんだ?俺はおまえを愛してるって」
 杉崎の言葉を聞いて、沢口は箍が切れたように怒りを向けた。それまでわざと視線を逸らしていたが、突然咬みつくような勢いで杉崎に迫った。
「いい加減な事言わないでよ!」
「何がいい加減だ!」
 杉崎は、そのあまりの理不尽さに納得がいかない。
「だって!あれから何にもないじゃない!俺なんか眼中に無くて……放っておかれたら、誰だって犯り逃げされただけだって思うじゃん!」
「ばか!でかい声で」
 杉崎は狼狽して、周りの視線を気にしながら沢口の口を手で塞いだ。
「あ〜〜!なんだぁ?痴話ゲンカかぁ、沢口ぃ」
 前から橘の冷やかしの声が聞こえた。
 杉崎はとんでもないところを押さえられたと青くなった。
「た……ちばな?」
 橘の反応を恐れる杉崎は、言葉を失ったままじっと橘を見つめた。
「おっせーよ」
 杉崎の手を押しのけて、沢口は橘を責める。
「だってこいつがさぁ。おまえとの約束だって言っても信じてくんないんだもん」
 橘はうんざりした様子で答える。その横に赤面する西奈が立っていた。
「いえ、もう信じました。いってらっしゃい」
 きまりが悪そうな表情で西奈が応えた。
 だが、杉崎の方は納得がいかない。
「まだ俺の用が済んじゃいない」
 杉崎は沢口の腕を掴んだまま放さなかった。
 そんな杉崎に対して、沢口は抵抗して手を振りほどこうとする。
「んだよ。俺は用なんてないよ」
「橘。すまんが沢口を借りる。用事は西奈と済ませてきてくれ」
 突然そんなことを言われても困ってしまう。橘はどうしたらいいのか迷っていた。
 一方的な仕切りに、沢口は不満をぶつけた。
「なんだよ。勝手にそんなコト決めんなよ」
「俺にそんな口を利くなと言ったろう」
 杉崎は威圧的に沢口を押さえ込んだ。
「ちょっ……」
 沢口は抵抗できなくなり、杉崎に手を引かれながらラウンジから連れ出されていった。
 残された橘と西奈は、しばらくふたりを茫然と見送っていたが、やがてあきらめた橘が西奈を連れてふたりでラウンジを出て行った。
 仕方ないといった表情の橘と、予想外の事態の好転に喜ぶ西奈の表情は対照的だった。




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あきゅろす。
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