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楽園の紛糾
I will12





「ウィル」
 セントルイス基地のラウンジで、副官であるジェフと連れ立ってひと心地ついていたウィルは、杉崎の声に気付いて振り返った。
 杉崎の横には、いつもの立川の姿はなく。かわりに若い将校を連れている。
 見覚えのある顔だったが、すぐには思い出せない。しかし、彼の襟に設えてあるフェニックスの紋章と副長の肩証がウィルを驚かせた。
「――生きていたのか」
 思わず口から出た言葉に杉崎は苦笑した。
 開口一番のセリフにしては予想外だった。
「ご心配をおかけしました」
 早乙女はどう振舞っていいのか分からなくて居心地が悪い。
 フェニックスの副長としてなんの活躍もせず、HEAVENの高官たちとただの一度も面識を持たぬまま、クロイツでの功績をあげていた。
 あの戦果が、HEAVENでのものだったなら……と、悔やまれてならない。
「はじめまして、フェニックス副長の早乙女です。この度は、ご苦労様でした」
 敬礼で応える早乙女に、ウィルは何も返せなかった。
「なぜ……。今までどうして」
 疑問は当然だ。
「捕虜交換というのは、君とのことだったのか」
 杉崎は早乙女を促して、共に彼等の隣のソファーセットにくつろいだ。
 戦死したと報告されていたはずの兵の帰還。フェニックスとクロイツとの単独交渉。
 そうまで条件がそろっていては、分からないはずはない。
 捕虜として囚われの生活を送っていたというのに、見た目は健康そのもので、むしろこの派手な外見は何かと思う。フェニックスの副長として捕まったのならば、それ相応の尋問などを受けてきたはずだ。ウィルは納得がいかなかった。
「あまり自慢できた事じゃないからな。できれば内密にしておきたい」
 煙草を取り出した杉崎に、早乙女はさりげなくライターの火を差し出す。
 その堂に入った仕草に対して、杉崎は苦々しい表情で煙草に火をつけた。
 ウィルとジェフは唖然としてふたりを見つめた。
「早乙女」
 煙を吐き出して杉崎が一瞥する。
「おまえは俺のなんだ?」
「え?」
 なにと問われて即答できない。自分の立場を問われて、ふと考えさせられる。ウィルとジェフは、訳が分からない。
 杉崎は即答できない早乙女に苛立ちを覚えた。
「愛人や従兵ではないんだ。少しは俺のそばにいる立場を自覚しろ」
 杉崎の指摘する意味がやっと理解できた早乙女は、一瞬のうちに赤面した。
「俺を、あの女と一緒にするな」
 杉崎の一言に狼狽を見せる早乙女を見て、ウィルは少なからず事情を察した。どうにも反応できずに唖然としたままのふたりを見て、杉崎は困惑した。
「……ったく。すっかり軟弱になり下がって。少しはシャンとしろ」
 吐き捨てるように指摘する。
 どう見ても、ただの軍人には見えない早乙女の姿の理由が分かったふたりは、プッとふきだした。
 杉崎の苛立ちが分かる。ホストのような副長では、杉崎もやりにくいだろう。
 だが、それでは早乙女が可哀想だと思う。彼も好きでこうなったのではないと思えた。
「あまりイジメるな。それとも、彼が帰ってきては何か都合が悪いのかい?」
 ニヤニヤ笑いながら指摘してくるウィルの目を見て、杉崎は嫌な予感を抱いた。
「ああ、そうか。せっかく立川が副長に返り咲いたのに」
「また、別れなければならないからね」
 案の定だと知る。一条から発信される立川との艶聞がいまだに尾ひれを着けて泳ぎ回っていた。
「あんたたちは、まだヤツの寝言を信じてるのか?」
 ふたりの戯れ言に、杉崎の感情が逆撫でされる。杉崎がふたりに食傷気味に尋ねたが、早乙女もまた真に受けた表情で杉崎を見ていた。
 以前、野村が指摘していた立川との関係が、やはり真実だったのかと思う。
 杉崎は三人の意味深な視線が嫌でたまらなかった。
「立川とはそんな関係じゃない。あいつには橘中尉がいるだろう」
 杉崎の言葉に、早乙女は驚いて目を見張った。
 その反応に杉崎は疑問を抱く。
「何だ?」
「――航海長と?」
 杉崎は早乙女の誤解を知った。
「ばか。……静香の方だ」
「――ああ」
 フェニックスに帰艦してきてから基地に到着するまでのあいだ、ずっと謹慎していたため、艦内の事情には疎いままだった。自分の知らぬ間に彼女が昇進したらしい事に気付いて、早乙女は納得した。
 そのとき、ラウンジに沢口が現れた。
 オレンジ色の逆立てた髪と、耳に飾られたリングのピアスはよく目立つため、兵たちの視線を集めている。
 もちろん、指揮官たちの視線を集めたのは言うまでもない。
 久しぶりの地上でゆっくり過ごそうと橘と待ち合わせてやって来た沢口だったが、あたりを見回しても橘の姿が見つからない。沢口は仕方なくソファーのひとつに座って橘を待つ事にした。
「珍しいタイプですね。どこの……」
 遠巻きに見る彼の姿に魅かれて、ジェフが尋ねた。
「あれは、沢口くんではないのか?」
「正解だ」
 察しのいいウィルの勘に、杉崎は不機嫌に応える。
「沢口?あれが?」
 早乙女は驚いて沢口の姿を見つめた。一体彼になにが起きたというのだろうと驚かされる。
「――綺麗になったな。ああいうタイプじゃないと思っていたけど」
「まあ……いろいろとな」
 いくら素行を修正しようとしても言うことを聞かない。沢口は自我を解放したとしか思えなかった。
 人待ち顔でいる沢口に、ふたりの通りすがりの兵が声をかけて来た。
 杉崎には聞こえないが、何やら意味深な会話をしている事だけは分かる。
 兵のひとりが沢口に触れた。杉崎は堪えきれずに立ち上がった。
「すまんが、先に失敬する」
 そう言い残して、杉崎は一直線に沢口に向かって歩きだした。
 ウィルはクスクスと笑って杉崎を見送った。
「なんだかんだ言っていながら、やっぱり気になるんだね」
「そういう関係なのですか?」
 ウィルの何気ない一言にジェフが反応する。
「うん。可愛がっているよ。本人は自覚していないようだがね」
「へえ……」
 まったく気づかなかった関係に早乙女は感嘆する。
「立川大佐だけじゃなかったんだ」
 疎い早乙女は、杉崎の人間関係を誤解したままだった。



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あきゅろす。
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