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楽園の紛糾
I will11





「お許しください、総帥」
 苦痛に歪んだ表情のまま、ジェイドが訴える。
「大統領のお顔に、傷を付けてはなりません。たとえそれが、正しい裁きであったとしても、このことが世に知られてしまえば、大変な事になりましょう」
「しゃべるな、JB」
 流れ出る血を押さえながら、聖は動揺していた。ジェイドを殴るつもりなど全くなかった。予想外の巻き添えに狼狽して、聖の怒りはすっかり静められてしまった。
「おふたりのあいだに、不穏なことは絶対にあってはならない。HEAVENの存続は、おふたりの円満な関係にこそ支えられているのです」
 切に訴えるジェイドの様が、聖を消沈させる。本当は大統領を袋叩きにしたいところだった。だが、ジェイドの指摘はもっともで、大統領の顔に青アザなどをつくろうものなら、その原因を巡ってマスコミは大騒ぎする事だろう。
「分かった。……わかったよJB。だからもう黙ってろ」
 聖はジェイドをベッドへと連れて行き、横になるよう促した。
 タオルを水で絞って、ジェイドの左頬全体をそれで覆う。
 ジェイドは、ひんやりと冷たい感触に痛みを和らげられて緊張を解いた。聖の想いが染みてくるようで安心する。
「済まない。俺は焦りすぎていたのかもしれない」
 ベッドサイドに佇む大統領が沈みがちに話し出した。
「だが、聞いてくれ聖。おまえが不在だったあいだに、議会諜報部から相談があった。われわれの軍事施設やもろもろのルートが、何者かに操作されたような痕跡を残して、多少なりとも被害を被っていた事が明らかになった。情報の垂れ流しや物資の横流しが横行して、クロイツとの戦闘も苦戦した。……なんとかそれのおおもとを引っ張りだしたかったんだ」
 初めて耳にする情報にふたりは愕然とした。
 ジェイドは不審に思う。なぜ、自分の耳にも入って来なかったのか。
「諜報部の最終ターゲットは……」
 大統領は口を噤んだ。はたして、それを告げていいものかと迷う。
「――言え。そこまで話したのなら、言ってしまえ」
 聖に促され、大統領は重い口を開いた。
「……俺の秘書官だった」
 大統領は深く息を吐いた。
 ふたりはさらに驚いて言葉を失った。
「――誰にも口外できなかった。しようとも思わなかった」
 ベッドの端に力なく腰を下ろして、大統領は両手で頭を抱えた。
「諜報部の連中も暗躍してくれたんだがな……。いずれはそのルート全体を引きずり出して叩こうと計画していた。今回の和平交渉も、うさん臭いのは十分承知していたんだが、奴の尻尾をつかむ千載一遇のチャンスだと思ったんだ」
 ふたりは次第に冷静さを取り戻して、大統領の告白に耳を傾けた。
「だが、思わぬ邪魔がはいってこのザマだ……。奴はヘルヴェルト大統領に、裏切り者として始末された。この一件で、捜査は一からやり直しで、しかもさらに困難なものになってしまった」
 聖は事態を憂慮した。
 大統領の行動は先走りでもなんでもない。作為的に統合本部に内密にしたうえで出発した。
 哨戒艦の動きが予想外で、多大な被害を被ったのは大統領も同様だった。
「悪い。オレ……」
 聖はいたたまれなくなった。
 この大統領を、考えなしで脳天気なもっさり頭のスケベヤンキーとしか評価していなかった事を、心から詫びたい気分だった。
「いいさ。軍に何も言わずに行動したのはやはりまずかった。JB、おまえに一言相談すりゃあ、こんな事にはならなかっただろう。やっぱり俺の先走りだ……。済まなかった」
 ベッドに横になっているジェイドを見て、大統領は謝罪した。
「いえ……。哨戒艦を押さえる事ができなかったのは我々の失態でした。お許しください」
 ジェイドと大統領のやりとりに、聖は不愉快さを覚えた。
 何故軍総帥である自分をさしおいて、総帥付官房であるジェイドと馴れ合うのか。
「ロブ。謝罪する相手が違わねーか?」
「いや、JBにはいつも苦労をかける。当然だ」
「総帥はこのオレなんだぞ」
「だっておまえ、いつもいないだろ?普段いったい誰が軍を動かしていると思ってんだ?」
 痛い指摘に、聖はグウの音も出なくなった。
「――いいえ。総帥がいらっしゃるからこそ、わたしは安心していられるのです」
「JB」
 聖の胸が痛んだ。
 どんな仕打ちをされようとも自分を崇拝するジェイドが、なんだかとても愛しくなってくる。
「ごめん」
 ジェイドの広い胸に額を寄せてうつむく。聖は少なからず反省していた。
 ジェイドと大統領は互いにニヤリと笑って、初めての勝利に満足していた。



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