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楽園の紛糾
I will9





 一度個室に戻った野村は、簡単にシャワーを浴びて身支度を済ませてから、聖が待っている士官室に出頭した。
 呼び出された理由とは一体なんなのか。
 理由が分からないというより、身に覚えがありすぎて気が重い。
 作戦中の単独行動も、スカーレットをかくまった事も咎められて当然だ。
 野村はぐるぐると逡巡しながら、士官室の前にたどりついた。
 めったに着ない正式なユニフォームの襟を正して、インターホンのスイッチを押す。
「野村中尉出頭しました。遅れて申し訳ありません」
 今まで、あらためて上官に呼び出された事などない。
 野村は緊張していた。
「いい。入りたまえ」
 中から聖の声が野村を呼び込んだ。
 ドアを抜けると、そこには聖とジェイド、そして艦内には不釣り合いなスーツ姿の男三人が野村を迎えた。
 スーツ姿のひとりは聖とともにソファーにくつろいでおり、ふたりの男はその後ろに控えている。ソファーに座るその男が、何かしらの役職者であることは、黙っていても雰囲気から察する事ができる。
 髭をたくわえていても不精ではなく、整えられたそれは男としての年輪を感じさせる。後ろになでつけられたロマンスグレイの頭髪は、堅い職業を連想させる。が、きな臭い印象はなく、座っていてもわかる長身と広い肩が、スマートで穏やかな包容力を思わせた。
 野村は、非常に場違いな所にやって来てしまったと感じる。
「急に呼び出したりして済まなかった」
 聖は立ち上がって野村に近付いた。
 そして、その肩に手を添えてソファーの前に案内した。
「大統領。彼が野村中尉、フェニックスの戦闘機隊隊長です」
 聖の言葉を聞いて野村は驚いた。
 ただ者ではないと思っていたが、まさかHEAVENの最高権力者とこんなところで会見するとは夢にも思わなかった。
 大統領は表情を和らげて立ち上がった。
「君が……」
 野村の両肩に親しげに手をおいて大統領は微笑みを贈った。
「ありがとう。我々を救出してくれた君に、どうしても礼を言いたかった」
 グレイの瞳が、どうしていいか分からずにただ茫然としている野村を映し出す。
「あのとき、すぐに消えてしまった君の行方が気になっていた。無事で良かった」
 野村は驚いたままだったが、どうやら咎められていない事に気づいて、少しだけ緊張がほぐれた。
「黒木中尉の報告で、君の戦場での働きが分かった。単独行動は多少無茶な事ではあるが、結果的には君の功績だ。よくやった」
 聖が総帥として野村を称えた。
「これからも、君の活躍に期待している。HEAVENに帰ったらそれなりのポストを与えよう。楽しみにしていてくれたまえ」
 聖の言葉に野村は狼狽した。
 それなりのポストとは一体何か。昇進も転属も、今の野村にとっては有り難い事ではなかった。
「自分は、何も。大統領を救出したのは海兵隊です。自分はただの通りすがりで」
「謙遜か?いい心掛けだな」
 大統領は包容するような視線を向けて微笑んだ。
 野村は困惑した。
「自分は皆に生かされてきました。今回の事は自分だけの力ではなく、参戦した全体の功績であると考えます。自分だけが評価されるのは心苦しい」
「ほう」
 ジェイドは感心した。
 お山の大将である聖とはえらい違いだと思う。部下に恵まれるのも杉崎の人柄かと、妙な感慨に耽っていた。
「そうか……。いや、そうあらたまってもらう事もない。ただ、君に礼を言いたかった。それだけだよ、中尉」
 野村の困惑を知って、大統領は逃げ道をつくって与えた。
 彼を困らせるつもりなどなかった。
「いえ、身に余るお心遣い、感謝いたします」
「下がっていいよ。中尉」
 穏やかな眼差しに促されて、野村は敬礼を返す。
「失礼します」
 そして、礼をもって士官室から出て行った。



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