楽園の紛糾
I will7
翌朝、野村を探して居所をつきとめた聖が、早乙女の士官室にやってきた。所用は確かにあったけれど、スカーレットをめぐっての一件で気まずくなってしまった彼との仲を修正したかった聖は、早く彼と会いたくてここまで出向いて来た。
すると、そこに先客の響姫が立っていた。
ドアの前で入室できないでいる響姫に、聖は近付いて声をかけた。
「どうしました、先生」
不意に尋ねられて、響姫は答えに詰まった。
「あ、いえ。特に……」
立ち去ろうとした響姫だったが、聖がそれを引きとめた。
「副長に用事があるのでしょう」
「いえ、総帥こそ」
戸惑う響姫に、聖はにっこりと営業用スマイルを向けた。
「わたしは、副長のところにいる野村中尉に用があってね」
聖はインターホンを押して応答を待つ。
「すぐ引き上げるから……」
そう言って微笑む聖だったが、中から応答がないのに気づいて、不審そうに再びインターホンを鳴らした。
「――変だな。不在なのかな」
「いえ、所在はここだと……」
ふたりは疑惑の眼差しを向け合って、一瞬沈黙した。
中から応えられない理由があるのだろうか。
しかし、そんな状況は、考えにくい組み合わせではあった。
聖は認めたくない胸騒ぎに駆られて、マスターキーでその閉ざされたドアを開けた。
中にそっと入ると、奥のベッドで寄り添って眠っているふたりを発見して、聖と響姫は心臓が破裂しそうな程の衝撃を受けた。
なぜふたりで、なぜ裸で、しかもなぜ早乙女が野村に腕枕までしているのか。
ふたりは驚きのあまり怒るのを忘れていた。
しかし、状況だけで邪推はできない。
聖はベッドに近づいて、ふたりを包んでいた毛布を剥ぎ奪った。
(――犯られた形跡は……。無し)
ふたりがズボンを履いている事を確認して、少しだけ安心する。
突然の冷気が、早乙女を目覚めさせた。
背中に掛かっていたはずの毛布を寝ぼけながら手探りで求めて、何も無い事に気づいた。そして、人の気配を感じて後ろを振り返ると、仏頂面の響姫と目が合った。
「洸……どうしたの?」
起き上がろうとして、腕にかかる重みにひきとめられる。
早乙女は野村の存在を思い出した。
不機嫌な響姫と野村の存在。あまりにも分かりやすいシチュエーションに早乙女は苦笑した。
「――誤解だよ」
どう説明していいものか早乙女が困っていると、冷たい外気に刺激された野村が、モゾモゾと動き出した。
まだはっきりしない頭と視界で自分の目の前にある肌の主を確認してから、自分のおかれていた状況にひどくショックを受けて、その衝撃で一遍に目が覚めた。
目覚めた視線はベッドサイドの聖とかちあった。
記憶が定かではない。だが、結論というべきこの現状は、いったいなんなのか。考える事すら怖かった。
「お、おれ……」
パニックを起こしかける。
いつも冷静に振る舞おうとする野村の姿はそこにはなかった。
「――どうして。なんで、おまえが……」
おろおろと動揺して起き上がってから、自分が裸だったことを知ってさらに恐慌をきたした。
野村の動揺ぶりを見て響姫は安心した。
自分が疑うような意志は野村にはなかったらしい。
早乙女が邪心を抱いてなければ、これはただ添い寝していただけと言えそうだ。ただ、なぜ添い寝する必要があるのかは謎だった。
「野村中尉、君に用がある。済まないがすぐに支度をして、わたしの士官室に出頭してほしい」
聖が総帥の立場のまま野村に命令した。
「邪魔したね」
早乙女にそう言い残して、聖は冷静に去って行く。
野村は泣き出しそうなほどの負い目を感じて、あわててベッドから抜け出した。
急いで身支度をして、一目散に聖を追ってドアまで走り出す。そして、早乙女とのことを思い出して、ドアから顔だけをのぞかせた。
「ごちそうさま。飲み逃げで、悪い」
「いいよ。またね」
「あの。……おれ」
動揺したままの野村の、言わんとしている事は分かる。
「酔い潰れただけだよ。なんにもしてないって」
笑顔で答える早乙女の言葉で野村は安心した。
「そ…っか。そうだよな」
あからさまにほっとする野村を見て、早乙女は少しだけ残念だった。
もう少し困らせてやればよかったなどと、邪心が動かされる。
野村はそんな早乙女の思惑を知らないまま、士官室から去って行った。
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