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楽園の紛糾
I will6





「待って!ちょっと待って!」
 野村は、襟元にくちづける早乙女の身体を押し戻して起き上がった。
「手でも口でも使ってやるから。勘弁してくれよ」
 情けない声で必死になってお願いする野村を目の当たりにして、早乙女はこらえ切れずに声を上げて笑い始めた。
 野村にしてみれば、なにがおかしいのかと茫然としてしまう。
「――ホント?ホントに手や口でしてくれるの?」
 おかしくてたまらない。
 早乙女はそんな笑い方で、野村の純情に好意を寄せていた。
「あーっ!やっぱりあの事根に持ってたんだろーっ!」
 野村は早乙女の企みに気づいた。
 早乙女はふたたび声を上げて笑った。
 早乙女が特別任務のためフェニックスに潜入してきた時、恋人然として取り入って正体を暴いた。その後も早乙女の真摯な純情をからかって弄んだ。
 野村はそれなりにやり過ぎたかと反省はしていた。
 なのにこの反撃は悔しい。
「ちっくしょー。おれが犯っちゃうぞぉもう」
 半分本気で悔しがる野村を見て早乙女は笑い続けた。
「可愛い……ホントに可愛いよタカ」
 早乙女は好意的な視線を送りつづける。
 野村はその視線に気づいた。
「なに?」
「ただの偶然なのかな」
「なにが?」
「洸がね、君が魔法使いのようだと言っていた」
 野村は何を指摘されているのか分からなくてきょとんとしていた。
 そんな表情も初めてで、早乙女にとってはたまらなく可愛い。
「――会いたいひとを連れて来てくれるってさ」
 野村は響姫の言葉を思い出した。
 確かにそんな事もあった。二度も続けばそう感じるのかもしれない。
「ただの偶然だよ」
 野村は気が抜けてソファーに寝転んだ。
「でもね」
 早乙女は変わらず穏やかな視線を送る。
「僕が帰ってきたあの時、君がいちばん最初に気付いてくれた。……どうして?」
 改まって尋ねられて、野村は困った。
「――あれはおまえじゃなかった。おまえらしくなかったよ。……おまえはもっと」
 野村の言葉に期待する早乙女の視線がなにやら照れ臭い。
 野村は早乙女に背中を向けた。
「自分の容姿に価値観なんて持ってなかったろ」
 おまえが気に食わないと言っていながら、随分とよく見ている。早乙女は感心した。
「それが今じゃこうだ。ピアスまでしてくれば変だと思うさ」
「でも、誰も気づかなかった。どうして……」
「そんな事知るか」
 酔いがまわって、返事が投げやりになる。
 しかし、早乙女は嬉しかった。くわしい経緯は知らないが、彼が自分のために親身になって無理をしてくれたのは事実だ。
「僕は今まで、どうして君みたいな仲間に恵まれていた事に気づかなかったんだろう……」
 そう告げてから、早乙女は野村の寝息に気づいた。
 酔い潰れてしまった彼をながめているうちに、思わず笑顔になる。
「スカーレットが傍に置くなんて……。よほどいい男なんだろうな」
 野村の寝顔を見つめていると、実に端正な顔立ちをしている事に気づく。
 堅物で、なかなか本心を見せない性格が災いして、今まで誰も近付かなかった。だからよけいに、立川や森が彼と親しげに関わっているのが不思議でならなかった。しかし、自分の手の内の全てをさらしてしまえば、そのガードは思ったよりも簡単に解けてしまった。
 ひととかかわって、傷つくのを恐れている。それは今まで別な言葉で彼自身がいつも話していた。
 本当は、ひと一倍臆病なのかもしれない。
 彼の本当の姿を知ってしまえば、純情で可愛いやつだと思える。
 気持ちよく寝息をたてる野村をしばらく見ていた早乙女は、野村の働きに感謝した。
「ありがとう……タカ」



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