楽園の紛糾
love me1
2.love me
「――西奈」
夕刻の街角で声を掛けられて振り向いた西奈は、声の主を確認して驚いた。
明らかに民間人とは違うオーラを持った男が、無理をして普通に装っている姿はかえって怪しい。下手をすると、その筋の者ではないかという疑いさえ持たせる。ダークスーツに身を包んで、ヘアスタイルまで少しルーズなオールバックに決めた杉崎の、いつもと違う装いは失敗作だった。
近付いてくる杉崎を避けるひとびとの反応は、予想通りで可笑しい。しかも、杉崎自身はその事に全く気づいていない様子だ。
切羽詰まった表情は恐持てを強調して、西奈に何かを予感させた。
「どうしたんですか?」
「橘はどうしている?」
「え?……いえ」
「自宅には戻っていないし、連絡がつかない。……沢口も連絡が取れない。何か知らないか?」
西奈は杉崎から事情を聞いて驚いた。が、橘の様子を心配してやって来たという彼に、西奈は人のよさを感じてしまう。そんな事は仕事中にいくらでも話せるだろうに、彼はあくまでもプライベートな事だからと、ユニフォームを脱いでから何日か動いていたらしい。決して公務ではない範疇で、ただ橘を心配しているという彼の思いには感動すら覚える。
最近の橘は、西奈と行動を別にするようになっていた。実際耳にしていても、そんな事は事実無根だと信じていなかった噂もある。好ましくない連中からマークされているというその実情は、はたして彼等の噂通りなのか。
しかも杉崎まで出ばってきたとあっては、傍観しているわけにもいかなくなった。
元はといえば、自分が誘い込んだ道だ。西奈は、事実を確認して橘を取り戻す事を杉崎に約束した。
杉崎は少しだけ安堵したように緊張していた表情を緩めてから、西奈に橘を託して彼の前からまた雑踏の中に消えて行った。
それからの西奈は、思い当たる場所を訪ねて橘の姿を探し歩いた。早い時間だからまだ街にいるはずだと思っていたが、橘の姿はどこにも見当たらない。
西奈は思い切って橘の携帯をコールしてみた。しかし、電源が切られているのかラインは繋がらなかった。
「まさか……もう」
すでに相手を見つけて、しかるべき所にいるのだろうかと思う。そうなっては探しようがない。フロントに問い合わせても、個人情報を流すはずがないからだ。
西奈は街の雑踏の中で立ち尽くした。
見上げると空は黒く。立ち並ぶビルの隙間から、薄く尖った月が横たわっているのが見える。
街は昼間のように明るいのに、頭上は既に闇に覆われていた。
「とりあえず行ってみるか」
西奈は決断して、以前橘と行ったホテル街へと向かった。
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