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愛と恋のはざまで 僕らは永遠の明日を夢見る(2019/04/24更新)
愛と恋のはざまで 7



7


 元の日常に戻ってから初めての休日前夜、野村は退勤後の沢口を呼び出して街のレストランで夕食を共にしていた。
 ふたりで会って、ふたりで食事をする。そんなごく普通の在り方が、ふたりには何だか新鮮に思えた。
 あれからたった一週間しか経っていないのに、随分と長い間離れていたような気がする。ふたりきりで生活した南国の楽園でのあの穏やかな時間が、現実だったとは思えなくなる程、元の生活には非日常的なリアルが詰っていた。
 戦闘機に搭乗して、テストと訓練で張りつめた毎日が野村にとっての日常で、こんな穏やかな時間の方が非現実的に感じてしまう。
 野村は、これまでの生活が、公私共に緊張した状態だった事を、今になって改めて自覚した。
 大戦前までは、常に自分の身を自分で守らなければならない立場にあった。それが、こんな日常の場面で敵に遭遇する危険性は、情勢の変化によってなくなった。
 こんな街なかの、夜でも華やかで明るい場所。そんな人目につく場所で、なんの心配もなく心地よい時間を過ごすことが出来る歓びを改めて実感する。
 ステーキ肉を小気味よく平らげてゆく沢口の食事風景は見ていて気持ちがいい。マナーと美しい所作が身についていて、自然な振る舞いでありながら本当に上品だと思う。ジェイルでの昼の食事集会でも、食事する沢口の姿を女性たちが陶然として盗み見ていた。
 こうやって改めて見ると、沢口は二十歳という若い外見で、見た目は自分の方が年上だと実感する。フェニックス艦内でも、葵の次に若いのではないかと思う。
 多分、女性はこういう男が大好きなんだろう。清潔で、子犬顔で、無邪気な笑顔が可愛い。程よく骨っぽい体つきが、若さを象徴している。そのくせ、恵まれた体格に相応しい身体能力があって、いざという時には漢を見せる。
 よくよく付き合ってみると、今まで見えなかった内面の魅力も見えてきて、それまで抱いていた印象が全てひっくり返された。
 近しい者とそうでない者とのライン引きがはっきりしていて、表面上はそつなく見えていても、余程親しい者以外には決して馴れ合いを許さない。それが、ひとたび心をひらくと、臆してしまう程の無垢な好意を寄せてくる。以前の自分は『親しい者』ではなかったのだと思い知らされて、いささかへこんだりもしたが、互いにこんな感情を持って初めて知り得た事でもある。
 きっと沢口も自分の事を今では違う目で見ているのだろうと思える。
 熱い視線が自分にも向けられているという自覚はある。
 だから、今はこの感情を大切にしたい。
 野村はそんな事を考えながら、時折笑顔を返してくる沢口を見つめていた。
 やがて、食事を終えたふたりは、食後のコーヒーを飲みながらどちらからともなく互いの部屋へ誘い合っていた。
 外でデートしていたとしても、結局はふたりきりになりたくて、人目を忍んでしまう。互いのパートナーには、それが不満だったはずなのに……と、互いに苦笑し合った。
 店を出て、買い出しを済ませてから、ふたりはセントラルシティの外れにある野村の部屋へと向かった。
 沢口は、高層ビルの中程に住居を構える野村の部屋を訪れたのは初めてだった。
 野村も、プライベートには極力他人を入れない生活をしていたため、この部屋に人を招いたのは、実は沢口が初めてだった。
 沢口は、思ったよりも生活感の無い空間を意外に感じていた。
 そんな感情を隠しもせず、部屋を見回す沢口に、野村は寛ぐように促して、何かあったかと尋ねた。
「意外と片付いているんだな……」
 沢口は思ったままを口にした。
 自分の生活空間とは大違いで、少し恥ずかしくなる。
 思えば、杉崎の部屋もいつもきれいだ。
 自分の部屋は、衣服が放られていたり、空いた酒瓶が放置されていたりと、いかにも男の独り暮らしといった雑然さが目立ち、キッチンは生活感が無く寒々としたイメージが定着していた。
「基地に缶詰めが多いからね。ほとんど寝に帰るだけだよ」
 野村は笑いながら謙遜で応えて、買った荷物を持ってキッチンに入った。キッチンとリビングは別な空間でそれぞれが独立している。独りで暮らすには広いリビングの壁際には、大きなマスタードカラーの皮張りのソファーが、外を一望出来る大きな窓に向かって置いてある。窓には、ブラウンを基調にした植物模様の偏光フィルターが施されて、ガラスの向こうからの街の灯りが窓に彩りを添えていた。
 ソファーの前には小振りな木製のティーテーブルがあって、テーブルの上には、小さなメモリーカードが白い陶器製の小物入れに収納されていた。
 沢口は、そのカードが何か?……と、興味をもって尋ねた。
 何気ない質問に、野村は一瞬言葉を失った。
 どう応えていいのか思案してなかなか答えられないまま、沢口にアイスティーの入ったトールカップを手渡した。
 沢口は、質問してはいけないものだったのかと思う。
「アーティストのライブビデオで……。その……聖の……」
 さらりと流せない引っ掛かりがあって、野村の言葉が曇る。
 なんだ……と、沢口は肩の力を抜いた。
 そんな事で色々悩んでしまったりする程、自分の感情は大切にしてもらっているらしい。沢口は、野村の戸惑いをそう受け取った。
 聖と云えば野村の大本命だ。この世の全てに背いて、命を賭してでも守ろうとした。自分が杉崎に対して抱いている感情と同等のものを、野村は聖に抱いている。そんな相手を示すものがあったからと云って、野村を責められる訳がない。
 沢口は微かに苦笑した。
 そして、ソファーから立ち上がって、困惑気味に立ち尽くす野村をそっと抱きしめた。
 思い掛けない沢口の抱擁に、野村は戸惑いを見せた。
 言葉も返せない野村の純情が、沢口には嬉しかった。
 触れる頬にキスをして耳たぶをそっと舌先でなぞると、野村は小さく息を飲んで反射的に首をすくめた。
困ったような表情を間近で見て、身体の芯が絞られるような痛みに似た快感が沢口を心地よく駆り立てる。
言葉もなく、ただありったけの優しさを込めてキスを贈った。頬や首を軽く啄むように、沢口は野村の肌の感触を楽しんだ。
 優しく触れる暖かい感触に、ただでさえ焦れていた野村の感情は、更に煽られてため息と喘ぎで応えていた。
「タカ……」
 熱で赤くなった耳元に、そっと囁いて誘う。
「いい?」
 甘えた口調でいながら、やる気満々な表情が野村を怯ませた。
「おまえ……なに雄臭いカオしてんの?」
 間近に迫る沢口に、少しだけ怯む野村の腰が引ける。
「だって……タカ可愛い」
 頬にキスをもらって、野村は狼狽した。
 沢口の囁きが、野村を追い詰める。まるで狙われた獲物のような気分にさせられて落ち着かない。
「タカ……キレイ」
 そんな野村の危機感を察して、沢口はさらに野村を誘惑して責め立てる。
「――タカ」
 両手で頬を包んで、唇を寄せて囁く。触れそうで触れない吐息の熱だけが、野村の唇をくすぐって骨抜きにした。
「あ……やっっ」
「嫌?」
 思わず洩れた言葉を逃さないで、沢口は野村を責め続ける。
 耳元から襟元までを唇と舌先で刺激されて、身体の奥から体温が上がる。野村は、呼吸を乱しながら、沢口の両腕を縋るように掴んだ。足の力が抜けて、真っ直ぐに立っていられない。震える手が、その感情の乱れを沢口に伝えた。
「ここじゃ嫌?」
 抱きしめたまま少しだけからかうように尋ねる沢口に、野村は無言のまま悔しそうな表情を向けた。
 沢口は満足そうに表情を緩めた。
「寝室どこ?」
 沢口の言葉に反応して、野村の視線がリビングの外に動く。入口の並びに寝室がある事を察して、沢口は野村を抱きあげた。
「――うし!」
 突然膝裏を掬い上げられて、野村は沢口の肩に反射的に抱きついた。
「ちょっっ!?……ええっっ!?」
 こんな重い自分を抱きあげるなんて信じられない。
 野村は沢口の無理を案じた。
「おまえ身体痛めるって!」
 能力以上の行動は、後でしわ寄せが来る。指揮官である沢口には無理をさせたくない。……と考えながら、その実、役職としての沢口ではなく沢口自身を案じていた。
「機銃より軽い」
 余裕を見せる表情が小憎らしい。大好きな愛敬のある笑顔が、野村の情を鷲づかみにした。
 困ったような表情でしか返せない野村に、沢口は寝室のドアをくぐりながら尋ねた。
「何?……嫌?」
 早速広いベッドに横たえられて、そのまま組み敷かれるように見下ろされながら、グルグルと疑問がうず巻く野村は、自分を見つめる沢口を難しい表情で見つめ返した。
「や……なんか」
「うん?」
 自分の呟きのような言葉に、ひとつひとつ返す沢口の表情が優しくて、野村は全てを受け入れたくなる。
沢口の甘えは嫌いではなく、むしろ求められている実感が嬉しいと感じる。
「や……いい」
 視線を外して困惑気味に返す野村に、沢口は急に不安にさせられた。
「なんだよ?」
「今日のおまえ、男らしいね」
 予想に反した野村の指摘が、沢口を心地よく持ち上げた。
 沢口はまた、艶然と笑顔で返した。
 その笑顔に絆されて、半ば諦めつつ沢口の心情を確認する。
「――なんか……。おれ……やられるカンジになってんの?」
 そんな野村の予感を知って、沢口は満足そうに野村を見つめた。
 野村が、その端正な優しい顔立ちと振る舞いから、女性士官たちから『ツンデレ王子』と呼ばれている事を思い出した。元はと云えば葵が言い出した造語だったが、実に的を得ていると実感する。
「抱きたい」
 沢口は頬にキスをして誘った。
「ダメ?」
 唇を軽く吸いあげて、さらに野村の情を煽る。
 野村の身体が快感に疼いて、背中に戦慄が走った。
 初めて身体を合わせた時は、沢口が野村を抱いた。
 互いにどちら側でも可能な事が分かって、愛し合う形に枠など決めてはいなかったものの、実際に身体を繋げる事は少なかった。それでも、本来の傾向は確かに存在していて、野村が抱かれる側に回る事は少ない。
「――いいけど」
 渋々承知するような困った顔も、沢口には嬉しい。こんなふうに受け入れてくれる野村の優しさと情が、沢口にとっては心の拠り所となっていた。
 一体この短期間で沢口に何があったのだろう……と、野村は訝しんだ。離れていた時間は、ふたりの距離を悲しむ事すら出来ずに過ぎてしまった。野村の方はと言えば、セントラルに戻ってすぐに黒木に強引に拉致されて、丸一日軟禁されていた。
 沢口との関係を黒木に知られた事はすぐに分かった。黒木の独占欲が自分に向けられて、束縛しようとする衝動と、それを押し止める理性との葛藤が見えて、野村は黒木の意外な一面を知る事となった。
 聖との関係を取り戻したはずの黒木は、今まで以上に多忙で、帰還してから式典までの約半年の間に、プライベートで逢う事が出来たのはほんの数回だけだった。それなのに、沢口と別れてからセントラルに戻ると、目の前に予告もなく黒木が現れた。
 聖ではなく黒木の方が現れたのは、野村にとっては意外だった。黒木が動いていたなら、今回の件については聖の耳にも届いているはずで、野村は聖の方が敏感に察して接触してくると思っていた。
 無反応な聖と、過剰な反応を見せた黒木の在り方が予想外で、野村はなんとなくすっきりと腑に落ちないまま、黒木の情熱に溺れさせられた。
 今となっては、黒木に抱かれて来た身体を沢口に抱かれるのは、いささかの抵抗を感じないでもないし、こんな状態にありながら聖の事を気にしている自分も浅ましく思えて、自己嫌悪すら覚えた。
 沢口が自分を抱けば、自分が経験してきた事を知るだろう。沢口が事実をどう受け取るのかが怖くて、抱かれるのをためらってしまう。
 野村は、いつの間にか沢口の存在が、黒木や聖と比較できる程に大きくなっていた事に気付いた。
「どうした?」
 沢口がそっと囁いて尋ねた。何かに囚われて集中していない野村の心情を感じ取っていた。
 愛撫を中断されて、野村は我に返った。
「いや……。別に」
 真実を隠そうとする野村の曖昧な答えを、沢口はあえて追求しなかった。沢口を突き放すのではなく、困ったように視線を逸らす野村の在り方が、自分たちの関係の変化を暗に示す。
 この関係を守りたいからこそ、隠したい事もある。
 それは、少なくとも、すぐに捨てられるような関係ではない事を示して、沢口の感情が歓びに高揚させられた。
 ふたたび唇を重ねて、くちづけを交わす。重ねる身体の熱が嬉しくて、甘い痺れが情を煽って、堪らなく相手を欲しがる。くちづけだけで昂まる衝動は、やがて互いの深みを求めて、きつく抱きしめ合った。
 感情と身体の熱がふたりの絆の深さを示すものなら、自分たちは誰よりも互いを求め合い必要としている。
 勿論、それだけでは量れない情がある事も知っている。
 不意に口にしてしまいそうで、呑み込む言葉がある。
 道理も事情も承知した上で、それでも、ふたりは共に生き続けていく永遠を心から願っていた。



 一週間前、黒木に軟禁されていた野村は、黒木に抱かれながら、ひとつの質問を向けられた。
「――自分と沢口艦長が、互いに刃を突きあっていたとしよう」
 突然の質問に野村は驚いた。
 その動揺は当然黒木にも伝わっていた。
「刃先があと少し進めば、どちらも死に至る」
 黒木の視線は野村を試す。
 何も答えられない野村はただ悲しそうな視線を黒木に向けていた。
「おまえはどちらを撃つ?」
 眉ひとつ動かすことなく、残酷な選択を迫る。
 黒木の詰問にも似た問いは、野村に衝撃を与えた。
 それは、質問に衝撃を受けたからではない。野村の意識に、迷うことなく沢口に向かって銃爪を引くイメージが現れて、例えそれが、魂が壊れる程の慟哭を伴っていたとしても、選択肢はすでに決まっていた事に愕然とした。
 野村はどうしようもなく泣けてきて、黒木は満足そうに野村を抱きしめた。
 それでいい……と、慰められた。
 抱かれながら、野村は願った。
 自分が、ふたりの間に割って入る選択肢もある。例え、それよって自分の運命を変える事になったとしても、野村は本望だと思う。
 聖を救いたかった自分の想いを受け入れて、全てを捨ててまで戦場に赴いてくれた沢口に、銃など向けられるはずがない。
 万が一にもそんな時が巡ってきたなら、自分は悲劇から沢口を守れるように、この命さえも捧げよう。
 混沌として不規則なシグナルが頭の奥に明滅する。
 理屈ではない不文律が自分の中には存在して、黒木には決して背を向けられない自分がいる。
 それでも、恋人を守りたいと願う自分がいた事を、野村はこの時初めて知った。



 沢口の積極的なアプローチに、少しだけ戸惑いと抵抗を感じていた野村は、それでも沢口の甘えには弱くて、断りきれないで情に流されていた。全てに受け身のままで、衣服も沢口に脱がされる。
 沢口に一体何があったと言うのだろう。杉崎と何かあったのか?
 そんな事を考えながら、与えられる快感に、野村の身体は素直に反応していた。
 沢口は、本当に労を惜しまず尽くしてくれる。常にベタベタして欲求を優先するタイプでは無く、どちらかと云えば公的な立場の方を優先して、職務に差し支えるような関わり方は絶対にしない。それが、ひとたび機会を得ると、情熱の全てを傾けてきて、息もつけないほど溺れさせられる。
 このメリハリは杉崎仕込みか……と、野村は邪推していた。
 割とマイペースな黒木と違って、そんな実直な沢口に、野村は安心して全てを任せていた。
 沢口の行為を見つめていると、上目使いで野村の視線に応えて、悪戯っぽい表情で上反りの先端を舐めて見せた。挑発的な行為に煽られて腰が疼く。
 沢口の指先はさっきから野村の体内に挿入っていて、自分が入るための準備に余念がない。
 やがて柔らかくなった野村の中に、沢口は滑りのよいローションを介して、ゆっくりと自身を埋めてきた。
 一度も引くことなく、ぴったりと身体が密着するまで、ゆっくりと奥深くまで穿ってから、沢口は陶然として深くため息をついた。
「やべえ……気持ちいい」
 べッドに横たわる野村の肢体を上から見下ろして、視覚からも煽られた沢口は余裕なく呟いた。
「おまえん中、すっげぇふわふわのトロトロ……」
 切ない表情で見下ろしてくる沢口の方が、野村にとっては扇情的だ。
「ば……っか。なにやらしいコト言って」
 真っ赤になって潤んだ視線で返す。そんな表情で沢口をさらに煽っている自覚は野村にはなかった。
「やらしいコトしてんでしょう?……つかなに?このエロい感触」
 沢口は陶酔したように呟いた。
 野村は身に覚えがあり過ぎて、なんとなくいたたまれない。
 一昨日も黒木に拉致されていた。この状態はその名残だと野村は知っている。柔らかいのは当然の事だ。
「もうホント、そういうツッコミ止めて」
 分かって指摘しているのかどうかは定かではない。それでも、野村は後ろめたい気分に苛まれてしまう。
「――あっっ!」
 少しだけ腰をグラインドさせた沢口は、自分自身が感じてしまった。
「あん、ぅ……」
 頑張って動こうとする。
 そんな沢口は、健気に見えるが少しだけ滑稽だ。
「俺……やっぱスロー無理」
 快感に抗えずに、沢口が悔しそうに呟く。
 何を思ったのか、沢口は長時間に挑戦するつもりだったらしい。
 野村は呆れた。
 つい最近まで童貞だった野郎に、そんなプレイが出来てたまるか……と、野村のプライドが優越感を覚えた。
「普通にしろ普通に!普通で十分だから」
 野村に『普通』を連呼されて傷心の沢口だったが、少し動いただけで自分の感度の良さを思い知らされて、さらに自信喪失した。そうなると、もう負けを認めて開き直るしかない。開き直ってしまうと、後はもういつも通りだった。
「あ……だめ……動けない!全然持たない!」
 野村が思うところの可愛い顔を快楽に歪ませて訴える。野村はそんな沢口の『お願い』に応えた。
「なら、おまえはもう動くな」
 沢口の身体を押し返してからベッドに仰向けに押しつけた。
 上に乗る野村を呆然と見つめる沢口を見下ろして、野村は艶然と笑った。
「もう少し持たせろよ」
 釘を刺してから、身体を沈めて沢口を体内に導いた。奥まで迎えてから、手足で体重を支えて腰を揺らす。沢口が、その刺激に敏感に反応して声を洩らした。
「あ……いいっっ!」
 沢口の歓喜の声に同調して、野村もまた歓びを感じていた。
(うん……いいかも)
 相手を受け入れながら自分の好きに動いたのは初めてで、野村は楽しめそうだと期待する。
「そんなにしたら……イキそう」
「まだダメ」
 吐息混じりに応える野村は、快感に没頭したかった。
「タカぁ……」
 情けない声で訴える沢口に、野村は興を剃がれる。
「黙れヘタレ」
 折角いいキモチなのに、ゴチャゴチャとうるさい。野村は沢口の哀願を一蹴した。
「いつもおれに『泣き言云うな!』言うくせに」
「えぇっっ?それって……」
 沢口の表情がさらに情けなく変化した。
 フェニックスで叩き込んできた格闘術は、野村には相当の無理をさせてきたらしい。今になってその事を持ち出されるとは思わなかった。
「格闘技?これって格闘技なの?」
 紅潮して潤んだ顔が、野村を満足させる。沢口は野村に責められて、興奮のあまり混乱していた。
「まあ……あるイミ体力と技使うしな」
「こんな……キモチイイ格闘技って……」
 イキたいのに許しがもらえない焦燥が、沢口の歓喜を煽って追い詰める。
「……すぐ負ける。絶対負けるっっ!」
 沢口の混乱ぶりは可愛いくもあるが、どうも気が散って仕方がない。本人はイカないように気を紛らしているのかも知れないが、野村にとっては気分が萎える。
「ああ……もう黙れ」
 野村は動きを止めて沢口を見下ろしてから、その唇を指先で押さえた。
「集中させろよ。……でないとその口、轡咬ませるぞ」
 少しだけ威圧的に命じると、沢口の顔がさらに紅潮して、陶酔したような表情を向けて来た。
 野村は、予想外の反応に戸惑いながら、やっと集中出来る事に耽溺し始めた。
「おまえもサボってないで手ぇぐらい使え」
 されるがままになっている沢口に愛撫を求めて、反り上がった野村自身を扱かせた。
 心地よい刺激が野村を夢中にさせる。
 次第に動きに熱中して、速迫する呼吸とベッドの軋む音だけが室内に響く。
「も……だめ。いい?……イッていい?」
 沢口がいよいよ堪え切れずに訴えた。
「じゃあ……おれを早くイカせてくれよ」
 もっと上手に手を使えと言う。
 上から見下ろされて、命令されて、沢口の全身が戦慄した。
 自分たちの行為に夢中になって、押し寄せる快感に神経を集中する。
 もう言葉は続かず、乱れる熱い喘ぎだけが互いの状態を伝えていた。
「沢口、イクから……」
 野村が呟くが沢口は手を休めない。
 野村は、弾けるような快楽の波に導かれた。
「んっ」
「あ!……タカぁ」
 反応した身体に刺激を与えられて、沢口は切ない疼きを訴える。
 堰を切ったように襲い来る波には逆らえなかった。
「イ……クぅっっ」
 沢口が解放されると同時に、野村も絶頂に達していた。
「んっ−」
 勢いよく飛び出した熱情の迸りが、手の動きによってさらに勢いを得て、沢口の顔にまで滴が飛んだ。
(やべっっ!顔射……)
 こんな状況は、気分を害するに決まっている。非常に気まずくなった野村は、さっきまでの快楽が一遍に吹き飛んでしまった。
 なんとなく怖々顔色を伺うと、当の沢口は陶酔したまま放心状態にあった。
(嫌じゃない?つか、むしろ歓んでる?)
 悦楽の表情ともとれる沢口の様子を見て、野村はあることを思い出した。
(そういえばコイツ……。どMだった)
 辱めを受けたり虐げられたり汚されたりで歓びを感じてしまう。はなはだ不自由な性癖の持ち主だった。
 轡で反応したのもそのためか……とやっと気付いた。
 本当に咬ませてやったら、すごく悦んだに違いない。
 野村は複雑な心境で沢口から離れて。フェイスタオルで沢口の顔を拭ってから謝ってみた。
「……ごめん……かかった」
 陶然と野村を見つめる視線が返されて、潤んだ瞳が快楽の余韻に浸っているのが分かった。
「気にしないで」
 ぼんやりとしおらしく呟く沢口の視線は、野村を通り越して遠くを見つめているようだ。
(――キャラちがくね!?)
 けれど、野村はそんな反応を見せる沢口も、やっぱり可愛いと思える。
 恋愛末期症状は百も承知だ。外面キャラは実直で苦労性で排他的。それがひとたび心を許すと、無防備に情けない部分まで晒け出して、情を傾けて寄り添ってきた。
 野村は、この愛しい男の手は放せないと、改めて悟った。
 ふと、夢でも見ているようなあえかな視線を空に向けたまま、沢口はぽつんと呟いた。
「――死んでもいい」
 その呟きに野村は耳を疑った。突然何を言い出すのかと狼狽する。
「このまま逝けたら、幸せかな」
 沢口は少しだけ現実に戻って来たようでいて、まだ譫言のような事を話す。
 野村は何も返せなかった。
 逃避したくなる沢口の心情がよく判る。それでも、逃避はあくまで現実からのものであって、実現させようとは思っていない事も判る。
 自分たちを取り巻く人間環境はあまりにも複雑過ぎて、十年以上経った今でも戸惑いがある。HEAVENに転生して、新しい文明に触れた。責任を伴わない自由な人間関係にはまだ慣れなくて、長くHEAVENに生きている黒木や聖の在り方に、少なからず当惑した事もある。
 それでも、野村は幸せだった。
 愛する事を隠さなくてはならないのは、哀しい思いしか残さない。心が疲れて、身体だけの関係に割り切ったとしても、更に心が乾いていった。
 そんな環境からやってきたここで、野村は初めて人を愛する歓びを知った。
 ここでの在り方には、すぐには慣れないかも知れない。深く刻まれた背徳の観念が拭い去られるまで、一体どれだけの時間と経験が必要なのだろう。
 だから、沢口を知るには早過ぎたのかもしれない。自分がもっと成長して、全てを包容出来るようになってからのほうが良かったのではないか……そんな事を考えなかった訳では無かったが、自分たちはもう互いを知ってしまった。
 それはもう、後戻り出来る感情ではなかった。
「なにがあろうと、どんな障害があろうと、傍にいて守ろうと足掻く。提督だって、だからこそ生きて帰って来たんだろう?」
 同じ時代に生き、共に支え合う事を許された。それは、奇跡に近い確率で、自分たちはその偶然に感謝しなければならないと思える。
「おまえ、おれに『死ぬな』……って言ったよな?」
 愛する者を失った痛みが、そう言わせた。無慈悲な別れはあってはならないと、沢口自身が痛感していたはずだ。
「おれは、命削られたって……嬉しくない」
 それは現実に背を向けて闘う事を放棄するに等しい。諦めによる逃避は、沢口が一番嫌っていたはずだ。
なのに、そんな事を言わせてしまう。野村はそれが悔しかった。
「そんなコトくらい分かれよ」
 消沈して拗ねたように言い捨てる野村の心情に触れて、沢口は複雑な心境だった。
 生き抜く力を向けるのは、愛するものに対してだけでいい。だから、恋に死んだとしてもかまわない。
 それは、愛と恋に違いをつけたくてこじつけた理屈だ。
 衝動からは逃れられなくて、穏やかな愛よりも強い熱に引きずられてしまう。
 沢口はどう仕様もない感情に、痛みを覚えていた。
「こんな事初めてで。……どうしていいのか判らないんだ。俺はおまえのためになにひとつ捨てられない。それでも」
 沢口は口を噤んだ。
 そのまま『愛している』と続けてしまいそうな事に気付いて、言葉を呑み込む。胸にたまった想いが、重く身体を圧迫しているようで、呼吸する事すら努力が必要だった。
 野村はぼんやりと空を見つめる沢口の身体を抱いた。
「おれは生きる。……生きて、おまえを守ってやる」
 温かい身体が重なって、その重みが命の重さとなって沢口を包み込んだ。
「おれが、おまえのガーディアン(守護者)になる」
 虚ろを見つめていた視線が、野村に向けられた。
 自分を見下ろす視線に、沢口は恋情を揺らされる。
「ずっと……」
 野村の言葉をさえぎるかのように、抱き寄せてキスで応える沢口は、そのまま野村に抱き返された。
 与えるキスから与えられるキスに変わって、沢口は溺れさせられる。そんな事を言ってしまっていいのかと、内心野村を責めていながら、歓びにわく胸の高鳴りは止められない。
 離れていたこのわずかな期間。野村と沢口は互いの知らないところで、同様の出来事を経験してきた。
 これまで、穏やかな愛しか見せなかったパートナーたちが、セントラルに戻ったふたりに対して溺愛の情を見せた。
 決して執着を見せなかったはずの彼らの本心と、『愛』と『恋』の区別を垣間見て、ふたりはそれぞれのパートナーを通してその恋愛観を知った。
 結論として、それぞれのパートナーたちは、自分たちの関係について否定も干渉もしてこなかった。
 それさえ経験しなければ、きっと知る事もなかっただろう理屈が、ふたりの感情を確実に育ててしまった。
 もはや『恋』と呼ぶには、自分の心の奥底にある真実を知り過ぎた。
 冷静になって、改めて互いに向き合った時、それでも欲しいと切望する想いは、愛と恋のはざまに揺れ動く、欲を持った感情であることをふたりは知ってしまった。

 それを『愛』と呼ぶのかは、ふたりにはまだ分からない。

 今はただ、永遠を祈る事しか出来なかった。


――終――


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