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聖戦の礎 ―決戦編― (完結)
HEAVEN防衛軍フェニックス艦隊2





 小国サラスヴァティーの森林地帯に存在する、ニルヴァーナ管理委員会、オリエント。
 そこでは、戦争によって失った機能を復興させたリウシンが、元老を中心とした管理委員会を統括し、事実上元老の腹心としてその手腕を遺憾なく発揮していた。
 しかしその一方では、静寂を取り戻したオリエントに、動くことなくとどまっている杉崎が居た。
 杉崎は迷っていた。
 リウシンの孤独を知っていながら、去る事も共に生きる決意も出来ない優柔不断さに苛立ち憂鬱になる。
 そして、魔物だった自身の記憶が、時折生々しく蘇っては、さらに杉崎の精神を蝕んでいた。
 そんな杉崎を早く元の世界に戻してやりたいと思うリウシンだったが、穏やかな日常を過ごす事で人としての生活を少しずつ取り戻しているかのような杉崎には、帰還を強く促す事も出来ないまま、ただ静かに時間だけが過ぎていった。



 いつものように、夕食後のトレーニングを杉崎から依頼されて、リウシンは杉崎と共に寺院の外に出ていた。
 森の中にポッカリと空いた空間のように存在する広場に立ち、杉崎と向かい合う。
 全身から繰り出される互いの技を闘わせて、ほぼ互角の戦闘技術と能力はふたりを膠着状態にする。
 闘いながらリウシンは予感していた。
 杉崎が旅立とうとしている。
 それなのに、決意と迷いが相反して、技を交わし合う杉崎の全身からは苛立つような闘気が見えた。
 リウシンは、杉崎から繰り出された中段の蹴りをかわしてから、本気の一蹴を胸元に目がけた。
 杉崎は両腕で防御したものの、勢いに圧されて退いた。
 互いの間に生じた距離にひと呼吸ついてから、リウシンは杉崎に忠言した。
「もういいだろう?……もう、分かっているはずだ。志郎」
 杉崎の眉間が、リウシンの指摘によって歪む。
 自分の迷いを知って諫めるこの男を、本当はひとりにしたくはない。
 フェニックス艦隊が真の指揮官を待っていることも知って、帰還すべきだと自身に言い聞かせていながら、決心がつかずにここまで先延ばしにしてしまった。
 どんな出会いも、別れを迎える時はやってくる。
 リウシンの孤独を救いたいと願っても、結局自分は無力で、何も出来そうにもない。
 そして、リウシンもまた、杉崎への執着に縛られては、孤独でいることに変わりがない事に気付いていた。
 過去の確執と同種族への拘りは、自分を永遠に解放してはくれない。自分が生きているこの世界と時代に向き合う事によって、初めて孤独から解放される。
 その事に気付いてしまったリウシンには、新しい人生が必要だった。
「おれは、おまえさんだけを見ている訳にはいかないんだ」
 まるで、手のかかる厄介者を追い払うように言ってみせて、リウシンは杉崎の苦笑を誘った。
 それまで渋かった杉崎の表情が和らいで、口元が綻ぶ。
「――あの物騒な連中も早く持ち帰ってくれ。……女子職員が浮き足立って、風紀が乱れてかなわない」
 リウシンの苦言で、杉崎は自分自身も厄介な者を抱えている事を思い出した。
 もし、本当に杉崎が魔物になってしまったというのなら、自分の手で粛正しようとオリエントに乗り込んできたクロイツ親衛隊副長李神龍。そして、彼の行き先を知って後を追ってきた副官李星龍。彼らはそのままオリエントに居ついて、杉崎の帰還を後押しする毎日を送っていた。
 黒木率いるフェニックス海兵隊とシグルス一行も、テコでもオリエントを動かず、杉崎と共に帰るのを待っている。
 リウシンは黒木らが好きだった。
 杉崎を慕って、杉崎と共にこのオリエントを守ってくれた、フェニックス海兵隊。杉崎の監督下で大人しくしている彼らを、リウシンは硬派で気持ちのいい連中だと誤解していた。
 それに反して、どうしてあのふたりだけは、公序良俗に反するような雰囲気をダダ洩れさせて、職員のいらぬ関心を煽るのかと、クロイツのダブルドラゴンを批判していた。
 リウシンが苦々しくそんな事を考えていると、杉崎を捜し当てた黒服のふたりがやって来た。
「――また老師と組手ですか?お相手なら自分がするのに」
 ブツブツと不満を洩らしながら近寄る神龍を、杉崎は冷たくあしらった。
「寄るな黒服。タラシが感染る」
 リウシンからの苦言を向けられた事によって、杉崎の不評を買った神龍は大仰に驚いて見せた。
「酷い言われようだ。僕らは好きでモテている訳じゃありませんよ!」
 力説する神龍の言葉を聞いて、リウシンが呆れている。
「誘われたってお断りしているんですよ。女性に恥をかかせるなんて真似、僕らにとってどれだけ辛いか分っているでしょう?」
「そういう問題か?あほう」
 徹底したフェミニストぶりを主張する在り方に杉崎はうんざりする・
 そんなところに、黒服のふたりを追ってきた数人の女官たちが現れて、ふたりの黒服に身を寄せた。
 彼女たちは、場の雰囲気すら読み取れないほどに見目好い男達に魅せられている様子があり体で、リウシンは苛立ってきた。
「神龍大人(ターレン)。こんなところにおりましたの」
「お探ししました。星龍大人(ターレン)も……」
 彼女たちを迎えて、途端に甘い表情を見せるふたりの黒服の(サガ)は仕方がないにしても、口々に甘い言葉を発する女官たちの体たらくが我慢ならない。
 女性に対して根っから真面目なリウシンには、神龍と星龍の浮ついた在り方は許し難い。
 誘いを断っているなどと、よくもそんな白々しい事が言える……と心中穏やかではなかった。女性職員たちの恋心を揺さぶる程の接触があった事くらい知っている。
 杉崎が彼らをタラシと呼ばわる。
 本当にその通りだと思う。
 そして、その結果、女官たちまでふたりの追っかけと化した。
 それもこれもこの黒服の所為だと思うと、リウシンの自律する心が音を立てて崩れた。
「とっとと帰れ――――っっ!!」
 リウシンの怒声が響いたところへ、ちょうどやって来た沢口は驚いて足を止めた。
 二匹の獣と共に杉崎を探してその場に現れた沢口は、リウシンの剣幕に驚いて、何が起こったのかが理解出来ないまま目の前の集団を見つめて立ち尽くしていた。
 そして、揉め事を起こしていた集団もまた、幼い子供にまずいところを見られた不埒な大人のような気分にさせられて、身動きひとつ出来なくなった。

 神龍と星龍の存在は、結果として、杉崎がフェニックスに帰るための強いきっかけとなった。





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あきゅろす。
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