聖戦の礎 ―決戦編― (完結) 遊撃戦2 オリエントの中枢である最下層のブロックでは、突然の電力の低下によりあらゆるシステムが麻痺していた。 それまでヘルヴェルトに監禁されていた 一方、電力供給の低下による、献体の保存状態を危惧した老師、 オリエントの奥深くに侵入し、中枢を検索する杉崎と立川らは、それぞれが散開して敵を倒しながら目標に向かう。 突然、単独でヘルヴェルト兵集団と遭遇した杉崎は、咄嗟にその拳と左脚から繰り出した一撃でふたりの兵士の命を奪ってから、体勢を立て直して腰に下げていた重いナイフを抜いた。 驚いて発砲してきたヘルヴェルト兵に対して、杉崎は迷いなく斬撃を入れる。ナイフの重量も手伝って兵士の首を瞬時に刎ねた。 体勢が不安定な時には、背後に回って背中から主要臓器を貫いた。 いずれにせよ、殺される者は声ひとつ上げられないまま瞬時に絶命する。魔物の所業は、人の抵抗を微塵も許さなかった。 敵兵を全て殱滅したのち、杉崎は通路の突き当たりに立ち尽くしていた小柄な少女を発見した。 絢爛な衣装に身を包み豊かな黒髪を結い上げて飾りつけている、老師 恐怖の視線を向けられて、杉崎は思わずほくそ笑んだ。 遭遇する前に、複数の兵士の足音と共に、『リウシンを逃すな』と女の声が兵士に命じていたのが聞こえていた。 目の前にいるこの娘は、多分首謀者のひとりだろう。 先程の言葉から、リウシンがここに囚われている事が予測される。 杉崎は、血まみれのナイフを一振りして、血液を払ってから鞘に納めた。 「リウシンはここにいるのか?」 真っ直ぐに自分を見据えて近付いてくる杉崎の質問を耳にしながら、リーフォアは後ず去る。その背中は、すぐに壁に阻まれた。 その姿を間近で見たリーフォアは、不意に婉然とした表情を向けられて昂揚した。 それは、濃いヴァイオレットの瞳と淡い琥珀色の髪を持ち、並み外れた身体能力を有する。 自分たちが求める『オリジン』に違いない。 オリエントの管理を外れて発生したと思われるこの個体は研究する価値がある。 加えて 美しい野生の獣のような、力強い生命力と精神力を思わせる存在。それは学術的な側面だけでなくても、リーフォアを強く魅きつけた。 そんな表情の変化に気付いて、杉崎はリーフォアをさらに壁際に追い詰めた。 「ぬしは何者じゃ」 「ナイトメアですよ、お嬢さん。……わたしが恐ろしくはないのですか?」 婉然とした表情を飾るヴァイオレットの瞳が、リーフォアを誘惑する。 「ぬしはオリジンだったのか?」 「そうとも言うようですね。何やら新種らしいですから……」 「リウシンとは違うようじゃが」 「そうでしょうか?まあ、あちらは人工生産で、わたしは自然発生したというくらいの違いはあるかも知れませんが」 真実かどうかも知れない杉崎の言葉は、なぜか説得力がある。 その心身ともに強靭な魔物は、全てを超越した存在のように思えた。 「――なぜリウシンを?逃がすなとは随分と物騒だ。どこかに閉じ込めていたのですか?」 杉崎は顔を近付けてリーフォアに問う。 リーフォアの顔が赤くなって狼狽を見せた。 「ぬしは我を殺しに来たのではないのか?」 「そんな物騒な。こんな可愛いお嬢さんを殺すなんて」 杉崎は優しげに笑ってリーフォアを見つめた。 「わたしが探しているのは リーフォアは意外な関係に驚いた。 憎しみを抱くナイトメアは、リウシンこそが標的だと伝える。 「関係機関を巡ってきたが、リウシンは居なかった。あの男はどこだ?ここにいるのだろう?」 「それを伝えたら、ぬしはリウシンを殺すのか?」 「当然だ」 「それでは答えられぬ。リウシンは研究に必要な生体じゃ」 「研究?何の?」 「生殖の……」 間近に迫られて、恥じらいながら答えるリーフォアの表情から、杉崎はその真実を察した。リウシンは、新しい人類創生のための実験材料にされる予定だったに違いない。 「それでは取り引きといきましょう。閉じ込めていないと協力しないような男は捨てて、わたしではいかがです?リウシンを引き渡してくれたなら、わたしが研究に協力してもいい」 艶然とした表情で誘う杉崎に、リーフォアは魅了される。 「ぬしが?」 リーフォアの表情が、驚きと共に明るい色を帯びた。 「リウシンはどこです?」 「最下層のブロック……。研究機関の外れに」 まるで、憧れの感情を向けるような視線で杉崎に返す。 その感情に気付いて、杉崎は笑顔で応えた。 「そう……」 杉崎は満足そうに笑って、鞘に納めていたナイフを抜き、白く華奢な首筋にためらいなく横一文字に滑らせてから、崩れ落ちるリーフォアの腰を抱き寄せた。 抱き竦められるリーフォアは、驚きの表情を顔に貼り付かせたまま、何がこの身に起きているのかを理解出来ずに杉崎の満足そうな笑顔を見上げた。 杉崎は、切り裂かれた首から脈動と共に吹き出て来る鉄錆びのような匂いに誘われ、その血液をそっと舌先で味わい、一連の事変の首謀者であろう娘の断罪に陶酔していた。 大量の血液に衣装を染め上げられ、意識が遠くなり痙攣し始めたリーフォアは、自分の死を理解出来ないうちに、やがてだらりと魂の抜け殻となった全身を弛緩させた。 杉崎は、血の気を失った幼い顔に最期のキスを贈った。 「――わたしは嘘つきなんですよ。信用してはいけません」 魂を食らった魔物は、甘く囁いてから亡骸を抱き寄せていた腕を放した。 ドサリと床に落ちた亡骸をただ冷徹に見下ろす。 何者も不問に付すつもりはない。 その誓いのような方針を杉崎は覆すつもりはなかった。 杉崎は、口元の血液を指先で拭ってから、大量の血で赤黒く染まった上着を脱ぎ捨てた。 リウシンがここにいる。 その事実を思い出した杉崎は、彼を案じて焦燥に駆られた。 杉崎は、周辺に散乱する死体の合間を縫って先を急いだ。 オリエントの研究機関である最下層のブロックでは、監禁されていた室内から脱出したリウシンが、管理室へとやって来ていた。 突然の低電力によって、低温保存されていた元老たちのシステムが機能低下をきたし、非常事態と判断したシステムが緊急で低温維持を解除し始めた。 老師たちの肉体は徐々に体温を取り戻し、心拍と呼吸機能が回復する。 リウシンは、数基のカプセルを同時にコントロールし、老師たちを現世へと導いた。 そして、覚醒を確認してから、カプセルのハッチを開いて老師たちを蘇らせた。 「 カプセルから救い出してフロアに寝かせてから、リウシンは元老に呼びかけた。 表情を取り戻し、眉根を寄せてから元老が瞼を開いた。 「元老」 リウシンの、自分に向けられた瞳の表情が元老には信じられなかった。この世の全てを憎み、全てに絶望していたリウシンが、自分を案じて情を寄せている。 「どう……」 どうしたのかと訊ねたかった声は、長い間何かが詰っていたような閉塞感にむせて、言葉にならないまま咳き込んだ。 「老師っ!?」 狼狽したリウシンに、元老はなだめるように応えた。 手をかざして、案ずるなと伝える。 「戻ったか……リウシン」 オリエントに戻り、この研究室にやってきたという事は、既に真相を掴んでいるはずだ。元老はリウシンの傷心を慮った。 かすれた声を絞り出すように尋ねる元老を、リウシンは縋るように見つめた。 「何も仰らないで下さい。あなたがたはわたしがお守りします」 「そなたには、また辛い思いをさせた」 ここに居るという事は、ソフィアのカプセルを見つけてしまったに違いないと元老は察していた。 オリエントとの確執から解放し、追手が掛からないようにリウシンの行方と痕跡を消した。 死亡原因を確認してから葬るはずだったソフィアの亡骸は、レプリカンの未来を拓くための研究と称して、そのまま生体維持装置に繋がれた。 当時、研究者のひとりだったリーフォアは、研究を進めるためにヘルヴェルトまでも巻き込んで、数々の献体を元に実験を繰り返した。 そのあまりの無謀さに狂気を見た元老とその側近数名はリーフォアを追放しようとしたが、それは却って自らの退陣を促す結果となってしまった。 巧妙な策に陥れられ、気付いた時にはコールドスリープのための前処置を受けていた。その時、記録に残るオリジンである楊流星の行方を詰問されて、元老は死亡したと応えた。 憐れで孤独な存在を、平穏な世界に帰してやりたかった。 元老の思いが、リウシンにじんわりと染みて来る。 元老は、全てのレプリカンの父として、その慈愛を皆に注ぎ、皆が元老を敬愛していた。 リウシンにとっても、その思いは皆と同様だった。 憎しみをぶつけた自分を、慈しみ哀れむ元老は、なんと大きな存在だったのか。 リウシンは改めて、このニルヴァーナ最高位にある元老の、真の姿を実感させられた。 「申し訳ございませんでした……。わたしが、逃げ出さずにいたなら、こんな事には」 涙にむせぶリウシンを、自力で半身を起こした元老が促した。 「ソフィアを救ってあげなさい。そなただけに、その権利がある」 そう背中を押されて、リウシンは立ち上がった。 室内の奥にある一際大きなカプセルに歩み寄って、リウシンは妻を見上げた。 低電圧で維持機能が低下したカプセルの中では、次第に色を失う肌が冷たい印象を与える。リウシンはコントロールパネルに向かって、カプセルから妻を解き放とうとした。 その時、複数のヘルヴェルト兵が室内に突入してきた。 幽閉されていた元老と老師たちの解放を確認したヘルヴェルト兵は、自動小銃を構えてただちに彼らの抹殺を実行に移した。 発砲と同時に元老の元に走り、コールドスリープシステムの陰に避難させたリウシンは、そのままヘルヴェルト兵に向かって行った。 跳躍し、頭上から攻撃を仕掛ける。 銃身を押さえて、兵士の首に右から必殺の蹴りを入れ、頸椎を砕かれ斃れた兵士から自動小銃を奪った。 リウシンはそのままヘルヴェルト兵に対して、たったひとりで応戦していたが、敵は突然背後からの攻撃にも見舞われた。 ひとしきり続いた銃声と叫び声が、やがて沈黙した。 十数名の敵兵グループを殱滅して、リウシンは元老の無事を確認してから、沈黙した室内に響く異常な水音に気付いた。 研究室の奥にある妻のカプセルを振り返り、リウシンは息を呑んだ。 複数の銃弾に晒され、破壊されたカプセルの中で、妻の体はいくつもの銃痕から血を流していた。 カプセルの維持液が漏れだす水音が室内に響いて、床に広がってゆく。 「ソフィアっ!!」 リウシンは銃を投げ出して、カプセルに駆け寄った。 コントロールパネルを手動で操作して、ゆっくりと水平に倒されたカプセルの中で、妻ソフィアは血を流しながら力なく横たわっていた。 循環をつかさどる人工心臓を切り離し、ハッチを開けて、傷ついた裸の肢体を上着で包んでからその身体を抱き上げた。 リウシンは、妻を抱いたまま維持液で満ちた床に膝を落とした。濡れて絡む金色の髪を顔から払って、眠っているような美しい表情を見つめる。 徐々に温もりを失ってゆく頬を撫でて、その愛しい顔を見つめるうちに、忘れたはずの悲しみが生々しく蘇ってきた。 「ソフィア……」 嗚咽を堪える事が出来ず、決して応える事のない身体を抱きしめて、冷たい頬に顔を寄せる。こぼれ落ちる涙が維持液に濡れた頬を伝わって、ソフィアの豊かな胸元に流れる血液に滲んで溶け込んだ。 「何だここは?中枢じゃねぇのか?」 突然、その場に相応しくない声が室内に響いた。 唖然とする老師たちの目の前までやって来て、ゴーグルを上げたその大男は、凶悪な面構えと血まみれの服装で物騒な事この上ない。 「研究者しかいねえな。……絞めて場所吐かせろ」 ハ虫類のような冷血を思わせる、仏頂面の血まみれ男まで侵入して、さらに物騒な事を言ってのける。 最下層までやって来た桜庭と桧川が、この研究室に誘われるようにして辿り着いた。 来てみたらヘルヴェルト兵と鉢合わせした。ふたりは敵を一掃してから、何事も無かったような態度で室内に侵入してきた。 「オラおっさん。中枢動力部がどこか教えろ」 老師の襟元を絞め上げて、桜庭が詰問する。 ついでに凶悪なフォルムのナイフが耳元に宛てがわれた。 「答えねーと、おめーから出っぱってるもの、ひとつずつ剃いでくぞ」 桜庭の脅しに狼狽して、リウシンは声を荒げた。 「やめろっっ!!そのひとに」 「手を出すな」 新たに乱入してきた重く響く声に反応したふたりは、振り向いて声の主を確認した。 「オヤジ!」 「提督」 それまで凶悪だったふたりの表情は、やってきた杉崎を迎えてから途端に和らいだ。 「無事だったか」 老師から手を離して杉崎を迎えた桜庭は、無防備だった頭を柄で殴られた。 「提督だばかもの!それになんだこのザマは!? 殺しは一息でやれと言ったろうがっ!!」 桜庭を叱る杉崎の言葉に、その場の全員が唖然としていた。 一息で殺せと言う方が酷いと思う。 「素人相手に恐怖心を煽るなっっ!!」 どのみち問答無用で、自分が一番恐怖心を煽っているくせに……と、桧川思う。 杉崎の叱責は指摘したい焦点が沢山あって、どう応えていいものか分からなくなる。 杉崎の後ろからやって来た 一通り桜庭に説教した杉崎は、茫然と床に座り込んでこちらを見つめているリウシンに気付いた。 その無事を知って一瞬ほっとしたが、その腕に抱きしめていた存在を知って杉崎は驚いた。 「リウシン……?」 「――志郎」 呼び合うふたりは、互いの状況を察した。 杉崎は、リウシンの手に抱かれている女性が、リウシンの妻である事を予感した。 理由は分からない。 リウシンの深い哀しみが伝わってきてそんな気がしただけだったが、それは確信に近かった。 杉崎は、ゆっくりと歩み寄ってその前に立った。 「いいのか?このままで……」 杉崎の問いは、リウシンがこだわってきた過去への思いを確認した。 突然失った妻と子を忘れられずに、二百年の孤独に身を置いた。 管理委員会への憎しみを抱き続ける事で、自身の精神の均衡を保ってきた。杉崎と出会い、自分が成すべき事を自覚して、オリエントを正すために戻ってきた。 それなのに、この再会が待っていた。 慟哭の再燃を呼ぶこのめぐりあいには、一体何の意味があったというのだろう。 杉崎の憐情を向けられて、リウシンは哀しみに溺れた。 「いいんだ……。もう還らない。そんな事くらい……解っている。魂はもうずっと前に、遠くへ逝ってしまった」 自分自身に、言い聞かせるように呟くリウシンの言葉は、虚しい心情を伝える。杉崎は膝を付いてリウシンを抱き寄せた。 途端に、堰を切ったように涙を流すリウシンは、ソフィアの亡骸を抱いたまま、杉崎の胸に縋るように身を寄せた。 老師たちと兵士たちは黙ってふたりを見守って佇んでいた。 杉崎は、HEAVEN防衛軍総帥、武藤聖にそっくりな彼を『リウシン』と呼ぶ。 聖とは全くの別人でありながら、同じ遺伝情報を持つ者。 完全なる再生体の姿が、このモデルなのだと察するに至った。 理解を超えた現実が彼らを包む。 外界では戦火が広がり、ふたつの勢力が掃討戦を繰り広げていた。 ギャラクシア艦隊が、ヴァナヘイム上空からセントラルに到着した。 エリアゼロの密命を負って、HEAVENからオリエントの浄化のためにやってきた。 その前に、必ず立ちはだかるであろうクロイツの戦力を打破し、この惑星国家ヴァナヘイムを征圧しなければならない。 同盟を結んだはずのHEAVEN艦隊の前ぶれのない来征は、クロイツにとって猜疑心を植えつけた。 なまじ同盟を結んだために、即時対応できない事が徒になる。 セントラル基地司令室に詰めていた、総帥ハンナ・ルビーシュタインは、ギャラクシアの大気圏突入と共に、ヘイムダル基地の防衛戦に投入されているクロイツ主力艦隊であるアドルフ艦隊から、護衛艦ラインゴルトを呼び寄せた。 ラインゴルト艦隊は即時セントラルへ向かい、ギャラクシアの襲撃に備えた。 大事をとって中央都市は閉鎖され、市民を近隣の都市に避難させた。 戒厳されるセントラル上空五千メートル。 ギャラクシア艦隊はそこで静止した。 「お久しぶりですね、総帥。相変わらずお美しい」 セントラル基地の通信ラインに、HEAVEN総帥武藤聖の正装姿が現れて、ハンナに賛辞を向ける。婉然と落ち着いたその様は、とてもこの異常行動を起こした者の姿には見えなかった。 「貴方が何のお約束もなくお出でになるなどお珍しい……。何の騒ぎなのですか、これは」 周囲は騒然として、この緊急事態の対応に追われている。 困惑と疑念を見せるハンナに、聖はにっこりと微笑み返した。 怒るのはもっともな事だ。自分は明らかに侵略者の在り方で行動している。聖は自らが引き起こした事態を自覚していた。 「怒った顔も素敵ですね」 聖はハンナの美貌と才能を愛していた。 パワードスーツのメカニズムの原理を構築した創始者であるハンナを、偉大な科学者として尊敬していた。 軍総帥として、遺憾なく実力を発揮する策略家としても尊敬に値する。 「――実はお願いがあって参りました」 聖は作り笑いを向けてハンナに申し付ける。 その表情を知って、ハンナは嫌な感覚を覚えた。 「ここは黙って、我々の軍門に降って欲しい」 この男は突然なにを言い出すのか……。ハンナは驚いて聖を見つめた。 「我々の事情が変わりましてね。あなたがたには少し大人しくしていて欲しいのです」 「随分とご無理な事を……。どういう事情ですの?」 ハンナは、感情を押さえて聖の真意を確認した。 「まあ……ニルヴァーナの中枢に用があって。そこを攻略したいので、邪魔をされると困るんですよ」 「愚かな……。不可侵な聖域を侵略できるとお思いか?」 ハンナの威圧的な視線が、聖の笑い顔を射抜いた。 「そうだと言ったら?」 聖の表情が魔性のものに変わる。 ハンナは立場をわきまえながら聖に対峙した。 「それでは、あなたがたはこのニルヴァーナの全勢力を敵に回す事になるでしょう。それがどう言う意味かお分かりか?」 ハンナの言葉には、いささかの威圧が込められる。 「第三勢力も含めた全戦力が、あなたがたHEAVEN軍勢に向けられる。それは、今現在戦場にある全てのHEAVENの兵士たちを見殺しにする事になるだろう事も……覚悟の上か?」 「なかなか手厳しい。実に素敵な女性ですね。余計に征服したくなりましたよ……。総帥」 挑戦的な視線を向けてハンナを見据えたまま、聖は右手でサインを送る。それによって、ギャラクシア艦隊の艦載機が発進した。 「障害物は駆逐する。我々には大儀があるので……。では、失礼」 ニヤリと魔笑を残して、聖はディスプレイから消えた。 「閣下」 ハンナは、指令席に就いていたホフマンを顧みた。 「任せる」 ホフマンは確信を持った表情で、ハンナに命じた。 ハンナは頷いて、オペレーターに発令した。 「他のフィールドに存在する艦隊の動きはどうだ?」 「それぞれの動きは変わりません。ただ、遮那王がこちらに接近しています」 「遮那王艦隊が?」 「いえ、遮那王一隻です。小惑星帯には艦隊が残っています」 妙な動きだと、ハンナは訝しむ。 それは、過去の遮那王の動きを思い出させて、一条が何を画策しているのか、疑いながらもその真実は読めない。 「ラインゴルト艦隊に、ギャラクシア討伐を命じる。この宣戦布告はギャラクシア艦隊単独のものと判断し、各前線基地はその戦況への対応を継続しろ。アレスと遮那王は攻撃するな」 ハンナの命令がすぐにラインに乗って、艦隊が機動する。 そして、それに乗じて、ホフマンが動いた。 「ロザリアム艦隊を呼び戻せ。ギャラクシア討伐に加えろ」 その命令に、周囲の視線が驚きと共に寄せられた。 ロザリアム艦隊はオリエントからの支援要請によって、ナイトメアの私設軍制圧に向かっていた。 それを引き揚げさせると言う。 その動向は、ナイトメアのオリエント攻略に手を貸すも同然だった。ハンナはホフマンの策に気付いた。 元より胡散で目障りなオリエントは、ホフマンにとっては排除したい邪魔者であったに違いない。 聖域は魔物に蹂躙されて、その機能を失うだろう。 それは、ホフマンにとって、願ってもない事だ。 「オリエント上空では、ヘルヴェルトとシグルス艦隊が衝突している。シグルスの優勢だと聞いた。第三勢力は、いずれ駆逐される。大事ない」 ニヤリと笑って真実に蓋をする。 ホフマンは時代の変遷を予感していた。 これまで数々の疑念を持って見守ってきたオリエントの不正が暴かれて、それを討伐するためにギャラクシアがやってきたというならばそれも道理だ。クロイツの戦力をまるまる渡すつもりは無いが、オリエントを守る義理もない。そして、この機を逃すつもりもなかった。 ホフマンはやっと巡ってきた好機に、全ての命運を賭けた。 31.遊撃戦 ――終―― [*前へ] [戻る] |