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聖戦の礎 ―決戦編― (完結)
会戦15





「戦争が終わったら、ずっと傍にいる。約束する。ヴァ・ルー」
 柴崎は、そっと接吻を残して駆逐艦の中へと戻ろうとしたが、それをヴァ・ルーがさらに引き止めた。思わず柴崎の手を掴んでしまったヴァ・ルーは、咄嗟の行動に自分自身の思いを知った。
「嫌だ……」
 感情が呟きとなって表出する。
 柴崎は、初めて見せるヴァ・ルーの縋るような切ない表情を目の前にして、何も言えなくなった。
「もう、離れ離れになるのは嫌だ」
 込みあげる熱い涙が、堪える事も出来ずにこぼれ落ちる。
 悲しみが全身を包んで痛みを与えた。
「シヴァ……わたしは、あなたの傍に居たい」
 ヴァ・ルーは柴崎を抱きしめて渇望した。
 傍にいるだけでいい。それだけをずっと望んでいた。
 たったひとつの願い。ヴァ・ルーはそれを叶えたかった。
「あなたに、ついて行きたい」
 ヴァ・ルーの想いに、柴崎は何も応えられないまま立ちつくした。
 傍にいたいと願うのは自分も同様で、しかし、それではヴァ・ルーを危険に晒す事になる。
 柴崎のなかで、矛盾する感情と現実が葛藤していた。
 いつまで経ってもやって来ない。そんな柴崎を案じて戻った立川は、声もかけないままでその様子を眺めていた。
 ここが敵勢力のど真ん中だという現実を、果たして理解しているのか、と、緊張感の全く欠如したふたりの在り方に呆れ果てる。もっとも、別なところがいい具合に緊張しているのかも知れない、と立川は投げやりに考えていた。
 そんな落胆気味な立川に気付いた柴崎は、同行の許しを確認してきた。
「准将……」
 縋るようなふたりの視線を向けられては拒否出来ない。
 このふたりの仲は出来たてで、寄ると触るといちゃつきたい頃合いだろうと、立川には分かる。
 この時世では、一体どれだけ一緒に居られるかも分からない。
 そう考えると、にべもなく拒絶する事は出来なかった。
 しかし、現実は厳しい。立川は、ふたりの気構えを要求した。
「――自分の身は自分で守れ。またシヴァを巻き込むような事があれば、俺がおまえを斬り捨てる」
 冷徹言い渡されたが、戦場に在ってはそれも真理と思える。
 それでも、ヴァ・ルーは柴崎と共に在りたかった。
「それでもいい」
 ヴァ・ルーの決意は、柴崎を戦慄させた。愕然として見つめる柴崎に、ヴァ・ルーは縋る視線で応えた。
「シヴァ……それでも、わたしはあなたの傍で共に生きたい。少しでもあなたを感じて生きていたい」
「ヴァ・ルー」
 熱い感情に煽られて、柴崎とヴァ・ルーは再び互いを抱きしめて、その切ない思いを重ね合った。
 ふたりの情に当てられた立川は、少しだけ羨望を覚えて、そしてすぐにそんな自分の感情を否定するように、ふたりに背を向けて先を急がせた。
「早く脱出するぞ。長居すると害虫が寄ってくる」
 立川はそう言い残して、駆逐艦に戻って船倉へと向かった。
 柴崎から脱出を促されて、ヴァ・ルーが搭乗したフレイの機体は、飛行艇からヘビイメタルへと変形する事で、旗艦から離脱する事を可能にした。
 駆逐艦は損傷が著しいためそのまま放置され、その艦尾を破壊して二機のヘビイメタルが脱出した。
 旗艦から脱出したヘビイメタルを、二機のグラディウスが追跡する。
 味方の脱出を確認したヴァルキュレイ隊も旗艦から離脱して、フレイアのビーム砲が旗艦を破壊した。
「何処へ?」
 そのまま戦線から離脱する『牙狼(ヤァラン)』を、静香が引き止めた。
 立川は、後ろ髪を引かれながら、「飼い主の元へ、戻るんだ」と、一言だけ言い残して去って行った。
 それは、敵の中枢へ迫っていると噂されている、杉崎との合流を暗示していた。
 杉崎の存在には敵わない。何者も、立川を引き止める事は出来ないだろう。
 静香はそう察して口を噤んだ。
 所属も機種も分からないヘビイメタルは、ヴァルキュレイ隊に見守られる中、グラディウス隊と共に何も残さずに戦場から消え失せた。
「また、逢えるわね……」
 静香が縋るような視線を向けて呟いた。
牙狼(ヤァラン)(ヤァラン)』は、何処へ向かおうとしているのか。『夢魔(ナイトメア)』という存在が、この戦況をどう動かして行くのか。
 その行き先は誰にも分からない。
 たったひとつだけ思い当たるのは、『夢魔(ナイトメア)』の存在そのものが、『牙狼(ヤァラン)』の行動原理なのだろうという、過去からの事実だ。
牙狼(ヤァラン)』は、彼らにとって絶対的な存在である『夢魔(ナイトメア)』に追随する。
 それがこの戦いの鍵を握っているのだろう、と静香は確信した。
 静香と共鳴していたヴァルキュレイ隊の操縦士たちは、混沌とした時代を憂いて、万感の思いで『牙狼(ヤァラン)』を見送った。





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