聖戦の礎 ―復活編― (完結) 機運4 ディスプレイを覗き込んでから、ウィルはぎょっとした。 恐持てのプラチナブロンドが、不機嫌そうなアッシュグレイの双眸を向けてくる。 「神龍はいるか?」 取りつく島もなく、険を含んだ表情と声は、一体何を怒っているのかとウィルを不審がらせる。 その声を聞きつけて、神龍は慌ててディスプレイを覗き込んだ。 「シェン……」 そこには、怒りをたたえたオットー・ホフマン元首が、神龍の行動を咎めていた。 「そんなところで何をしている」 地の底から湧いてくるような、低く威嚇するような声に、神龍は動揺して応えた。 「――ネルトゥス軌道上の敵との接触について、調査にやって参りました。本部からの命もあり、急いでいました」 「いらん。セレスへの干渉は一切禁ずる。例え貴官であっても、セレスへは近付くな。必要な調査はバーンスタインに任せろ」 反論を一切許さない命令に、神龍は口を噤む。 「――分かったな、神龍」 否応なくねじ伏せて、命令に従わせる。 ホフマンは、クロイツへの影響力を失った訳ではない。 実質、全部隊の実権を握って動かしているのは、今もなおホフマン前総帥だ。 「ウィリアム……。 ウィルの身を案ずるホフマンの情が伝わってくる。 オリエントの情報を手に入れたウィルに対して、第三勢力が動き出していた。 その事実は、ホフマンを更に警戒させている。 ウィルは困ったように、ディスプレイの中の盟友を見つめた。 「分かったよ、ヴィル」 逢えない距離と時間が、ホフマンの不安を呼ぶ。 そんな深い想いが、ウィルにとっての枷となっていた。 「――神龍」 ホフマンの厳しい声が再び神龍に向けられた。 「はい」 神龍は緊張して応えた。 「すぐに総本部へ帰還しろ」 「分かりました」 神龍の返答を聞くやいなや、通信は切られた。 ディスプレイ前に立ち尽くす神龍は、なぜ元首がこの状況を知って割り込んできたのか、理解出来ずに茫然としていた。 「言ったろう?わたしは元首の古くからの友人で、動きが取れないのは、あちこちから行動を監視されているからなんだよ」 事情を語るウィルの言葉を、神龍は実感を伴って十二分に理解した。 ほぼ軟禁状態に近い拘束を受けていながら、それでもウィルはその状態を利用し続けている。 やはり一筋縄ではいかない古狸だ、と神龍は認識を改めてウィルを見つめた。 「どうした?」 無言で見つめる、神龍のもの云いたげな表情から察して、ウィルが尋ねた。 神龍は何かを問いかけたが、ホフマンの命令を思い出して、ウィルへの干渉を控えた。 「いえ、これで失礼します。色々と有り難うございました。数々のご無礼、お許し下さい」 堅苦しい挨拶に、ウィルはまた苦笑させられた。ホフマンの介入が余程堪えたようだと、ウィルは神龍の気落ちに同情した。 神龍はこれまで、元首とウィルの関係を深く考えた事はなかった。 ホフマンとウィルの関係は、古くからの友人だと言う。 通常、友人を監禁してまで、守ろうとはしないだろう。そして、敢えて拘束されている方も、どうかと思う。それが下衆の勘繰りと思えるからこそ、口には出さなかった。 複雑な心情を抱えて、神龍は星龍を連れて艦長室を去った。 杉崎が示唆していた、第四の力。それがニルヴァーナ管理委員会オリエントだと知った。 それでも、クロイツはオリエントを敵に回す事は出来ない。 それは、ニルヴァーナ全土への宣戦布告ととらえられ、第三勢力がクロイツを攻撃する正当な大儀になりかねないからだ。 ホフマンは、それを知って沈黙を守っていたのだろうかと思い至って、元首の苦悩を実感して、神龍は深く心を傷めた。 ウィルから知り得た情報を持って、重苦しい思いを抱えながら、神龍は総本部へと帰還した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |