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聖戦の礎 ―復活編― (完結)
始動5





「ジロさん、どーいうコト? 俺これ以上過ち犯すのやだよ!?」
 沢口は次郎の行動を勘ぐって、怯えながら尋ねた。
「あほう、そんなんじゃねぇ。少し落ち着け沢口。……つか、ここで靴脱げ、土足禁止だから」
 寝室に入る次郎は、沢口に指示した。
 沢口は驚いて寝室を見た。
 艦内に板張りの床があるなど信じられない。
「フローリング? なにこの個室……つか、どんだけ私物化?」
「気にすんな。ちょっと改装しただけだ」
 執務室よりも広く面積をとっているそこは、デスクや情報端末までが揃っていて、まるでワンルームのコンドミニアムのようで、沢口は呆気に取られた。これで、対面式キッチンがあれば、ここで生活できると確信する。
「長時間、靴履いていられなくてな……」
 兄、志郎と同じような事を言う。沢口は呆れた。
「なんつーわがまま……」
 設置されている冷蔵庫から酒を物色していた次郎は、上がり込んだ沢口の呟きに気付いた。
「んだとコラ!?」
 憮然とした次郎が、沢口の頭を酒瓶で小突いて黙らせた。
「座れ。寛げ。そして飲め」
 高飛車で強引な態度は、次郎にとっては親愛の情の裏返しだった。
 凄まれて、沢口はなんだか訳も分からず悲しくなる。
 次郎は、無理矢理沢口を床に座らせて、その隣り合わせにあぐらを組んで寛いだ。
「飲んで訳分かんなくなって、全部吐いちまえ!懺悔だ、懺悔!吐いて少しはスッキリしろ。……泣き言聞いてやる」
 次郎はグラスに氷と酒を注いで、膝を付き合わせて沢口に勧めた。
 沢口は、有り得ない次郎の行動に臆した。
「ヤバいって。艦内で、酔うの前提の酒盛りなんて、ありえねーっしょ?」
「あほう。酒ぐらい飲めなくて、戦争なんてやってられっか。ちょっとぶっ飛んだほうが、ノリがいいんだよ」
 この人はノリで戦争しているのか、と沢口は唖然とする。
 グラスの酒をあおって飲みほした次郎は、上機嫌で深く息を吐いた。
「美味えーっ。やっぱこれだ。……ひと仕事終えた後に、艦内で飲む上物の酒ってのが最高なんだよなあ」
「って常習?」
「何言ってんだ。兄貴なんて、乗艦する度に酒瓶二.三本持ち込んでる。提督執務室の隠しストッカーなんて、銘酒揃いでちょっとした酒蔵んなってんぞ」
 次郎は兄の悪徳行為を暴露して、手酌した二杯目に口を付けた。
 そんな事は初めて聞いた。自分に隠れてそんな事をしていたのか……と、
 沢口は目を丸くして呆れ果てていた。
「おまえだって、よくビール持ち込んでるじゃねーか」
「ビールと酒は違いますって……」
 水代わりに飲んでいるようなものと酒を一緒にされては困る。
 沢口はそれなりに否定してみせた。
「そりゃあれだ。クラッシュをシャブじゃねーっつってんのと同じだろ」
「どーゆー例えすかそれ」
 無理に持たされたグラスの酒に何となく口をつけて、そのこくのある独特の匂いと旨味に沢口は驚いた。
「美味い。なんだこりゃ?」
 次郎はしたり顔で沢口を見つめた。
「芋焼酎だ。なかなか手に入らねえ逸品で、相伴できるおまえは運がいい」
 多分、地方の醸造元から取り寄せでもしたのだろう。
 丁寧に造られた酒瓶ひとつとって見ても、それが希少価値のある銘酒であることが伺える。
 杉崎の家は、酔狂な酒好きが揃っている。母美穂子ですら、意外にも無類の焼酎好きだった。次郎の焼酎好きは母譲りかと思える。
「ってゆうか……」
 沢口のグラスの中身はどんどん減ってゆく。それに伴って、解放感が沢口をリラックスさせた。次郎は本当に、自分に対して身内のように接してくれる。沢口はそれが嬉しくて、素のままで次郎の隣に座っていた。
「クラッシュは覚醒剤じゃないっスよ」
「構造が類似していて凶悪だ。合成麻薬指定で規制されている。……おまえ、やってたな?」
 睨んで詰め寄る次郎の視線が怖い。
「やってませんって……」
「じゃあなんでそんな事を知っている?」
 次郎のアップが迫って、沢口を動揺させる。
 次郎だって知っているくせに、どうして自分にだけ咎めるようにしてくるのかと、沢口は拗ねていた。
「常識の範囲内で……」
 次郎は沢口の言う事になど、取り合いもしなかった。
「あの時、おまえがフェニックスを降りたあの期間、おまえどこで何やってた? 体調ボロボロに崩して、兄貴に連れ戻されたんだろ? あの後のおまえはまるで別人だった」
 次郎は沢口の荒んだ時期を知っている。
 痩せた身体と、蒼白く血色の悪い肌。
 一際明るいオレンジ色のくせのない髪。
 両耳に数本ずつ入れられたピアスリング。
 何かがあったとありありと分かる状態のままで、辞表を出したはずの沢口はフェニックスに帰ってきた。
「まあ、咎めるつもりもないけどな……。色々事情があったんだろうし。おまえ、兄貴がらみだと結構無茶するよな」
 鋭い指摘をもらって、沢口の酔いが少しだけ変に回ってきた。
 その変化に目聡く付け込んで、次郎はさらに踏み込む。
「――で、勢いで()った相手って誰?」
 沢口は不用意に答えそうになってから、慌てて踏みとどまった。





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