聖戦の礎 ―復活編― (完結) Two dogs5 誰かが、声を掛けてきた。 覚醒を促す声によって、柴崎は目を覚ました。 ベッドの脇にヤシュパルが立っていて、食事が出来たのでダイニングに来るようにと促された。 真新しい白いシャツをふたり分渡されて、自分のユニフォームが銃弾に引き裂かれていた事を思い出した。 ヤシュパルは、着替えたら『ケイ』と来るようにと言い残して、寝室から去った。 ヤシュパルを見送った柴崎は、彼の不思議な雰囲気に関心を向けた。 いかにも訳ありな自分たちに対して、詮索せずにありのままを受け入れている。いい意味で、ひとにありがちな無躾な好奇心が無い、俗っぽさを感じさせない存在だった。 芸術家というものは、得てしてそういうものなのかと思わせられた。 柴崎は立川を呼び起こして着替えを促した。 湖から引き揚げられたままの服は、着心地が悪い。 本当は、全身の肌が引き攣るような違和感を覚えて、シャワーだけでも使いたかったが、食事に呼ばれていては仕方がない。 ふたりは洗い立てのシャツに袖を通して、そのサラリとした肌ざわりに少しだけほっとして緊張を解いた。 着替えを済ませて部屋から出たふたりは、食卓によばれて家主たちと同席した。 ヤシュパルは、淡々とふたりを観察していた。 人物はあまり撮らない方だったが、ふたりには何か特別なものを感じて、ファインダーを覗くように、ふたりの様子を眺める。 ダイニングに現れたふたりは、共にヤシュパルのシャツを着て、まるで揃いのユニフォームであるかのように見える。 湖から引き揚げたふたりは、階級章の無い見慣れないユニフォームに、HEAVEN所属旗艦フェニックスの紋章を飾っていた。まるで軍高官のような仕立ての良い上着は、水に濡れて乾いた後でも型崩れひとつせず、ふたりが何か特別な存在であるように思えた。 カーンティが気合いを入れて創作した、食べるには難易度の高そうな料理の数々を、難なく器用に平らげてゆく。マナーや所作が品よく美しいこのふたりが、軍から脱走出来るような立場の一兵卒ではないと予測した。 シヴァと呼ばれる男のユニフォームには、銃弾を受けたような跡があった。防弾用のジャケットを合わせて着用していたために負傷を免れたらしい。脱走は命を狙われるだけの事態だとヤシュパルにも理解できる。 味方に追われたこのふたりは、追い詰められて湖に身投げしたのだろう。 ただ、なぜわざわざ異国の地で脱走せざるを得なかったのだろうか。 正規の手続きを踏んで、退役を待っても良かったのではないか。 ヤシュパルは疑念を抱いていた。 シヴァは寡黙で、カーンティのおしゃべりの相手は、ケイが主だった。 カーンティが気に入ったこのケイという男は、稀に見る美しさで。ユニフォームさえ着用していなければ、軍属などとは思いも寄らなかっただろう。 高位な僧侶のように、優雅で慎しい素振りを欠かさない。しかし、軍では相当高い身分の強い権力を持つ人物だろう事が、ふとした表情や決して崩れる事のない話し方から窺える。 限りなく水色に近い淡い紫色の瞳が、黄金率を持つ美しい造形の顔形をさらに美しく飾っている。不思議な色調の波打つ金色の髪と、時折見える発達した犬歯は、まるで獣のように美しい。 彼らは本当に地球人のレプリカなのか。 HEAVEN防衛軍の紋章を飾っているユニフォームを身につけていたからといって、HEAVENのレプリカンだという認識の持ち方は安直過ぎるかもしれない。 噂では、異星の生命体がHEAVENに生まれたという。 それは神の御使いと称され、白の十字軍が捜し求めていたが。この戦争に怒り、十字軍とヘルヴェルトに対し最終戦争を宣告した。 圧倒的な強さで戦場を支配する使徒。 もしかすると、このふたりがその最終戦争の使徒かもしれない。 ヤシュパルは疑念を抱いたまま、ふたりを観察し続けた。 カーンティはふたりの綺麗な客人にただ陶然と見とれて、その食事風景に満足していた。 自分が創った料理をふたりが口にしていると、それが最高級の食事に見えて嬉しくなる。 柔らかな雰囲気を持つケイは、王国の皇太子のようにも見えて、彼を守るように常に目を離さないで配慮するシヴァは騎士のようだ。 この見目麗しいふたりにまつわる事情をあれこれ考えて、ふたりが命懸けで愛を貫き通した関係にあるというだけで、もうどうしようもなく好奇心を掻き立てられる。 しかしながら、辛い思いをしてきたふたりに無躾な質問をする訳にもいかず、カーンティは悶々としていた。 「――どれも素晴らしい料理で、とても美味しい食事でした。ありがとう」 食事を終えてナプキンで口元を拭ってから、立川はカーンティに礼を伝えた。 「助けて頂いたうえに、こんなもてなしまでしていただいて恐縮です」 立川の品の良い仕草と口上に、カーンティの方が恐縮してしまう。 「そんな、大層な事ではないわ。でも、料理を気に入って頂けて嬉しい」 カーンティはにっこりと笑顔で返す。 「散々お世話になっていながら申し訳ないのですが、御存知の通り、自分たちは身を寄せる場所がありません。よろしかったら、今夜だけでも泊めて頂く事は出来ないでしょうか」 思わぬ申し入れに、カーンティは喜んで応えた。 この美しい者たちの行末を、もう少し観察していたい。カーンティは、そう願っていた。 「いいのよ。そんな事心配しないで。落ち着くまで……いえ、ずっと居てくださっても構わないのよ」 「本当に?」 立川はぱっと表情を明るくしてカーンティに笑顔を向けた。 その笑顔はカーンティを骨抜きにする。 「ええ。もちろん」 「ありがとう。仕事を見つけたら、ちゃんと御礼をします」 「仕事?」 立川の申し出に、カーンティはきょとんとして見つめ返した。 「仕事を見つける気か?」 ヤシュパルも同様に驚いていた。 「ええ。いつまでも御世話になりっぱなしというわけにも……」 「しかし、君たちは追われているのでは?」 ヤシュパルは立川の言葉を遮ってまで、その危険性を確認した。 「民間に紛れ込んでいるとは思わないでしょう。大丈夫です」 柴崎が予測を伝えて、ふたりの懸念を払う。 カーンティとヤシュパルは、互いに見つめ合って無言のまま意志を確認し合った。ふたりの様子は、まるで夫婦のようだと柴崎は感じた。 「当人が言うなら、本当に大丈夫なのでしょうね。でも、無理はしないで。あなたたちは、とても疲れていると思うわ。しばらくはゆっくり休んでちょうだい」 カーンティは、慈愛の微笑みでふたりを擁護した。 「心配しなくていい。ふたりくらい養える甲斐性はあるよ」 ヤシュパルが頼もしい言葉でふたりをなだめた。 「カーンティがね」 悪戯っ子のように笑って、ヤシュパルはカーンティを指さした。 当のカーンティは、何程にも感じていない様子で、相変わらず慈愛に満ちた表情で穏やかに微笑んでいた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |