聖戦の礎 ―ヴァナへイム編― (完結) 傷跡2 艦長室には誰も居なかった。野村はそれを城に再度伝えた。 「副長の部屋には?」 「いや、それより……」 野村は、橘の執務室は確認していない。しかし、そこよりももっと可能性の高い場所がある事にふたりは気付いた。 「提督執務室!?」 重なるふたりの言葉で確信する。ふたりはそのまま執務室に向かった。 提督執務室の前に立って、ドアが施錠されている事を知った野村は、解錠のためのナンバーを知らない自分に苛立った。しかし、城は苦もなくドアキーにナンバーを入力して解錠してしまった。 ドアを開けて室内に入る城の背中を追って、野村は改めて城の支配力を知った。 薄暗い室内を見渡してから、城が明りをつけようとすると、野村はそれを止めてデスクの向こうの窓際へと歩き出した。 「橘」 野村は橘の姿を見つけた。 窓際の壁にもたれてうずくまる様が痛々しい。 野村は橘の傍に膝をついて、その身体を抱き寄せた。 慟哭に支配されて身動き出来ないまま、ずっとここにいたのだろうか。 その痛みを思うと可哀想でならない。 「ゴメン。すぐに来れなかった。……独りにしてゴメンな」 野村は冷たい頬に顔を寄せてから耳元で囁いた。 それまで凍りついていた橘の感情が溶け出す。 「タカ」 縋る腕が野村の背中を抱き返した。 野村の頬に伝わって来る涙が冷たくて、感情に支配された橘の全身の痛みを知る。 頬や髪を撫でて慰める野村の姿と、愛撫に応えるように寄り添う橘。 そのふたりの姿に城は臆してしまう。 熱い情を注ぐ野村と、それに縋る橘の在り方は、同期の立場を越えているように見える。 そして、そのふたりの在り方に羨望を向けている自分に気付く。 城は、気持ちを切り替えて、次の目標を捜索する事に向かった。 「タカ、僕は沢口を探しに行くよ」 「いや、おれが行く」 野村は橘を離して立ち上がった。 「あいつはおれが探し出す。あいつとは仲が悪いから、ケンカはやり易い」 ケンカしてどうする、と、一瞬戸惑ったが。正常ではないあの沢口の剣幕に対峙出来るのは、おそらく野村くらいだろうと城は思う。 野村はふたたび膝をついて、橘にもう一度謝罪した。 「悪い、おれは行く。沢口を放ってはおけない。あいつもきっと、どこかで……」 「――タカ」 橘はそっと抱きついて囁きで応えた。 「沢口を助けてやってくれ」 ふたりは見つめ合って、互いの意志を確認した。 ふたりの間にある、形のない確かな約束を思い出させる。 この事態が解決して、もし、まだ慰めが欲しいのなら、その時こそ応えよう。 野村は、橘との無言の約束を交わしてから、決然と立ち上がった。 「後は頼んだ、たっくん」 城に橘を託して、野村は執務室を出て行った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |