聖戦の礎 ―ジェイル編― (完結) 監獄7 艦長室に向かいながら、橘が沢口を諭していた。 橘自身は、姉がいた事と過去の女性経験によって、女性という存在には少なくとも理解はある。男性とは全く違う感性と能力。それを知らずして、管理する事は困難だと思う。 「クルーの一割は女性だからね。ちゃんと女性の扱い方を覚えておかなきゃ」 「全員と寝てたら、命がいくつあっても足りない。そんなにヒマでもないしな」 「別に寝なくてもいいし……。ただ、もっと密に接してみろよ」 まともに取り合わない沢口に負けそうになる。 それでも橘は意見し続けた。 「どこかに仲良くしてくれそうな女性クルーはいないのか?」 「静香姐さんは梵天に出てしまったし……。仲良くしてくれそうな男性クルーは沢山いるんだけどな」 「姉さんは男らしすぎるよ。女性は普通ああじゃないし……てか、男性クルーはやめろよ」 「何で?仲良くするくらいならいいだろ」 艦長室に着いた沢口は橘を促して中に入った。 上着を脱いでソファーに放り投げてから、デスクに向かって情報端末を起動させる。 橘も同様に上着を脱いで、ソファーにくつろいだ。 「昔馴染みはいいけどさぁ。おまえの代になって着任した連中はヤバいって」 端末が起動している間、沢口は寝室のクーラーボックスから、冷えたビールのボトルを二本物色して、ソファーにくつろぐ橘にその一本を渡した。 キャップをひねって開けてから、ボトルに口をつけて喉に流し込む。 「自覚あるだろう?仲良しだけじゃ済まない連中もいる」 「まあね」 端末のメールをチェックして、本部からの指示を確認する。 特に変わった事は無かった。 そのままデスクにくつろいで、沢口は橘に向かった。 「でも、艦内の連中は大丈夫だろ。一応俺だって艦長なんだし、強行してどうこうしようなんて無謀なヤカラはいない」 「……だといいんだけど」 橘は、手の中のボトルを眺めて呟く。 「危ないのは、余所の指揮官連中だろう。例に漏れずここにもいたしな」 沢口が含み笑いを浮かべて一瞥する。 「基地司令は自制心があれば無害だけど。ルミナスのおふたりがね。……っていうか橘、おまえマジで惚れられたと思うんだけど」 橘は、口に流し込んだビールを、コクンと呑み込んだ。 「おまえもそう思った?」 橘はためらいつつ尋ねる。 沢口までそう感じたなら、やはりそうだったかと思う。 「ああいう視線は、どうも、その……」 「好意で溢れていたよ。……ってか、もう愛情の域だった」 沢口の感想は、自分が感じていた事と一致する。 「多分、彼は恋愛経験少ないよ。相手に不自由していないのが徒になったな。そういう感情を隠す事を知らないでいる」 モリスの心理を分析してみせる沢口に、橘は困惑顔を見せた。 今はまだ独りでもやっていけると思う。 けれど。もしも、どうしても、どんなに耐えていても、それを越えて独りが辛くなった時、誰かに縋りたくなるのではないだろうか。 橘はそんなことを考えて、片膝を抱えて項垂れた。 「みんな……こういう時、どうしてるんだろうな」 そんな弱気な言葉に触発されて、沢口はデスクを離れてソファーに迫った。 「そこそこ騙し合いながら、うまくやっているんだろうけど。でも、俺は嫌だ。おまえが他の野郎とそうなるのは許せない」 沢口の真剣な双眸に、橘は少しだけ威圧された。 思いがけない言葉に、驚きを見せる。 「西奈はいい。あいつはおまえには必要だった。でも、それ以外は、俺は嫉妬するよ」 今までそんな風な本意を見せた事は無かった。自分たちは、互いの恋愛事情に首を突っ込む真似はしてこなかった。 それが何故、今になってそんな事を言い出すのか。 「今までそんな風に言った事はなかったのに……。西奈と離れて、こんな状態で戦場に出て、おまえは弱気になっている。そんなんじゃ、いつかは弱みに付け込まれて流されてしまう」 橘は沢口の言い分を黙って聞いていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |