聖戦の礎 ―ジェイル編― (完結) 監獄11 フェニックス艦隊がジェイルに赴任して一週間が経った。 ジェイル空域の哨戒交番が軌道に乗り、フェニックス戦闘機隊隊長たちの生体融合兵器としての調整も、遅れをとっていた葵も含めて完成に近づいていた。 演習と調整と哨戒の任務に明け暮れる毎日。そんなジェイルでの生活に慣れて来た頃、沢口と橘は採掘現場の作業長の元へと向かった。 人目を忍んでの用向きであったため、所属艦のエンブレムだけを設らえたシャツとワークパンツを着用し、防寒ジャケットを着込んだふたりは、ナビゲーションシステムを頼りに作業員宿舎に向かって雪上車を走らせていた。 運転席に座っている橘は、悪天候に辟易していた。 夜間の吹雪の中の運転は初めてで、フェニックスの操舵よりも緊張する。 「ああ……もう、目が疲れる」 幅の広いカチューシャで前髪を上げていたが、視界を広くしても吹雪による悪条件は変わらない。 橘はカーナビを横目で確認しながら呟いた。 「帰りは俺が運転するよ」 そう言ってから、沢口は鼻をすすった。寒さで洟が垂れてくる。 「ヒーター効かないのこれ? 全然暖まんないし」 操作パネルを確認する沢口の髪も、後ろ髪を残してハーフアップにして束ねていた。視界を広くする意図ではなく、単なるイメージチェンジを試みただけだったのが、意外にも違和感なく決まったので気に入っていた。 指揮官用ユニフォームでもなかったので、いつもは外している数個のピアスも飾ってきた。 艦長と副長という肩書きを隠して、ただの使いとして出向いていたので、なるべくいつもと違う印象に変えたかっただけのはずが、案外それが楽しくてつい凝ってしまった。 以前のような痩せた体つきではなかったため、さすがにストリートボーイには見えなくなっていたが、少なくとも腰掛け程度の頼りない兵隊には見える。 そんな風にイメージを変えた互いの姿を見た時、ふたりはゲラゲラと笑い合った。 「年式が古いからね。これで精一杯なんだろ」 両腕をハンドルに預けるようにして、前方を見つめ続ける橘が疲れた声で応える。 「哨戒艦連中、こんなトコによく六年もいたよなあ」 沢口は感心していた。 「俺なら絶対耐えられないね」 橘は、哨戒艦艦隊の神経の図太さに呆れる程感心していた。 「いや、耐えなきゃなんないんだけど」 「いやいや、そんなに長居したくないし」 正直言って、早く帰りたい。 それは切実な願いだった。 誰もこんなところで戦争などしたくない。というより橘は戦争そのものが嫌だった。それは、沢口も同様だ。 「いやいやいや……っつか、マジ寒くね?」 いつまでたっても暖まらない車内は、凍えるような寒さで、厚手の防寒ジャケットを着ていても、夜間のマイナス40度の冷気は、暖房が効かない車内に容赦なくすべり込む。 「寒い」 「帰ったら暖めて」 「断る」 艶然と一瞥する沢口の視線に敏感に反応して、橘は仏頂面で拒否した。 「冷たいなぁ橘さんは」 変わらずの様子で橘を見つめる沢口は、甘えたように橘を責める。 橘は呆れて物申した。 「だいたいね、シャレんなんないから俺たちの場合。もうドツボに嵌まるのだけはカンベンな」 橘には思い出したくもない過去の苦い経験がある。西奈に救われなければ、どうなっていたか分からない。 「ドロドロもね、後になってみると、甘酸っぱい思い出だよ」 沢口も同様に、現在の関係に至るまでの杉崎との経緯には、訳ありの事情がたっぷり詰っていた。 「俺はドロドロしたくないの。常に純愛路線だから」 「ってか、ヘビイだよおまえんトコ。リョーちんめっちゃ愛が重いじゃん。マジで浮いた噂聞かなくなったしな。おまえひとりに全力注ぎ込んでるだろ?」 アレス艦長早乙女慎吾と連れだって、浮き名を流していた副長西奈諒一。それが橘と付き合い出してから、ぱったりとその世界から足を洗った。 「なんだかそれって、普通じゃないみたいな言い方に聞こえるんだけど」 「普通じゃないよ。おまえらふたりして遊び人だったくせに」 そこまで言いかけて、沢口は気付いた。 「ああ、だからか。若いうちにやんちゃやり尽くしたから、どっぷり漬かれる訳だ」 「おまえに言われたくないよそういうコト」 橘の逆襲が始まった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |