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聖戦の礎 ―出征編―  (完結)
接吻6






 茫然とふたりを見送ってから、パイロットたちは緊張を解した。
「初代。……付け込まれるな。確実に」
 柴崎と健一朗は、立川を『初代』と呼ぶ。
 それは立川がフェニックス戦闘機隊初代隊長だったからで、地球の操縦士の間では遠い憧れの存在だった。
「ケンは彼が好きだったんだな」
 ヴァ・ルーが呟いた。
「でも、同じ顔だ。ジェイドとジュニアみたいなのに、自分と同じ者を美しいと思えるのか?遺伝情報が近い相手だ。あり得ない」
 ヴァ・ルーの学者的な意見に聖は苦笑した。
「それでも大好きなんだろう。そんなの仕方がないさ。例え同じ顔をしていたって、顔に惚れこんだ訳じゃないだろうし」
「だけど、立川さんには静香さんがいる。籍は入っていないけど、ちゃんとした奥さんだ」
 小松原が指摘した。
 同じフェニックスに所属していた仲だったから、今でも立川とは懇意にしている。
「――言う程、同じ顔ではないな」
 柴崎はそう呟いてから、ティーラウンジに入ってソファーに腰かけた。
 ズボンのポケットから煙草を取り出して火をつける。
 小松原は、サーバーからアイスティーをカップに注いだ。
「ヴァ・ルーは?」
 小松原が尋ねるとヴァ・ルーは「ありがとう、同じものを」と答えて奥のテーブル席についた。
「オレにもくれ」
 聖はヴァ・ルーの隣のテーブルに陣取って、アイスティーを注文した。
 4人が思い思いの席に座ってくつろぐ。
 小松原がついでにくれたコーヒーを受け取って口を付ける柴崎は、コーヒーを呑み込んで一息ついてから二本目の煙草に火をつけた。
 柴崎は、立川と健一朗が並んでいるところを思い出して、想像していたよりもふたりが似ていなかったと認識を改めていた。
 立川は欧州の血が入っている。
 色素の薄い肌と髪。瞳の色も淡いはしばみ色に見えた。
 健一朗よりもずっと彫りが深く人種が違う。
 目鼻立ちが似ていたとしても、柴崎には全くの別人にしか見えない。
 正直、綺麗な人物だと思えた。
 それが伝説のパイロットと謳われ、人としてあれだけの魅力の持ち主だったとしたら、身内だろうが同性だろうが、好きになったとしても仕方がないだろうと思う。
 しかし、健一朗の感情は、あまりにも余裕がなさすぎる。
「おまえは知っていたのか?シヴァ」
 聖が柴崎に尋ねた。
 個人の感情がもつれて、隊の統率が乱れるのは好ましくない。
「ああ、知っていました。だが、これ程とはね……。完璧イカレてる」
 柴崎は、もくもくと煙を吐いて呆れていた。
「でも、ケンの気持ちは分かる。わたしもあんな風に出来たらいいのに」
 ヴァ・ルーが、全員をのけ反らせるような発言をしてはばからない。
「誰に?」
 柴崎が驚いて尋ねた。
 事情をよく知っている聖と小松原の表情が固まった。
「教えてあげません」
 ヴァ・ルーは、水色の目元を細めて、余裕で微笑み返した。
 柴崎は意外な返答に戸惑う。
 久しぶりに会ったヴァ・ルーは、すっかり変わっていて驚かされた。
 よく話し、よく笑う。
 豊かな表情は輝く様に美しい。
 話し相手は、同じ隊のメンバー限定だったが、それでも随分と変わったものだと感心する。
 元々社交的なタイプではなかったが、聖といるうちに色々影響を受けたらしい。
 ヴァ・ルーは、聖と小松原には特によく懐いている。
 皆と揃いのオリーブ色のTシャツと、ワークパンツを身につけたヴァ・ルーは、既製のユニフォームがどうしても合わなかった以前とは体つきまで変わっていた。
 すんなりと伸びたしなやかな脚が、長身の身体を支えるに相応しく力強く発達している。
 首から胸元にかけての線が、なだらかな曲線を描いて。華奢だったはずの身体は、発達した筋組織に覆われて、成長した男の身体になりつつある。
 クレア人は15年で成人する。16年生きたヴァ・ルーは成人男性になりうる年齢だったが、抱えていた障害と劣悪な成育環境のために、成長が阻害されていた。
 レプリカンとして生まれ変わった時から、全てを取り返し、ヴァ・ルーはギル・ファーガスとの因縁の鎖を断ち切る為に、さらにレプリカンらしく自らを鍛え上げていた。
 以前の儚げな盲目の預言者の印象は失われ、穏やかで美しい瞳の中に強い意志を潜ませた戦士の姿がそこにある。
 柴崎は、守るべきものを失ってしまったような寂しさを抱えて。
 本当はヴァ・ルーの成長を喜ぶべきなのに、素直に喜べなくて。
 その心情は複雑だった。
「……上手くいったら、ちゃんと紹介してくれ」
 保護者のような口調で伝える柴崎に、ふたりの傍観者は焦れったくて堪らない。
 相手はおまえなのだと叫びたくてウズウズする。
「上手くいくだろうか?」
 ヴァ・ルーは、白々しい技を身につけたらしい。
「大丈夫だ。おまえに好かれて、嫌がる奴なんていない」
 柴崎は、煙草を捨ててから笑顔を向けた。
「良かった」
 椅子の上で片膝を抱きかかえるヴァ・ルーは、膝に頬をのせて嬉しそうに笑った。





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