聖戦の礎 ―出征編― (完結) 慟哭2 ドクターコールを受けて遮那王に着艦した響姫は、真っ直ぐメディカルセンターを目指して走った。 メディカルセンターの自動ドアをくぐって、集中治療室に案内された響姫は、すぐに救命措置に加わった。 要請を受けてすぐには信じられなかった。 ギャラクシアの直撃の事実は響姫を重く圧して、また仲間の悼ましい姿を見なければならないのかと、辛い思いを抱えてやって来た。 それでも、彼は常に負傷者たちを『必ず助ける』と心の中で強く念じて治療に向かう。 その信念は今も変わらないで、彼の情熱を支えていた。 ゴーグルとマスクを着用し、看護師に続けて依頼する。 「ガウンをくれ。グローブは7.0」 清潔なガウンと手術用グローブを装着して治療台に向かい、そこに次郎の姿と、泣きながら心臓マッサージを続けている斉木里加子の姿を見つけた。 次郎と里加子の関係を知っている響姫にとって、次郎の名を呼びながらマッサージを行う里加子の姿は痛々しく映る。 次郎の状態は、里加子でなくとも絶望感を抱かずにはいられない。 両のまぶたはうっすらと開いたままで、視点が定まらず光を失い、ただ空間を映している。 気管挿管され、チューブを繋いだ呼吸装置による人工呼吸を施されているだけで、自発呼吸は認められない。 腕を失った肩の関節は、肉の裂け目から白く剥き出して、ちぎれた動脈は焼かれた組織によって止血されている。 里加子は、そんな次郎に向かって訴え続けていた。 生きる事を諦めるな。 逝ってくれるな……と。 なぜ、こんな残酷なめぐり合わせがあるのだろう。 響姫は、遣る瀬ない感情に包まれた。 身近だった存在の、こんな姿を見ないで済むなら……と願わずにはいられない。ましてや、仕事でもプライベートでも懇意にしていた可愛い弟分の負傷は、あまりにも辛過ぎる。 しかし、辛いのは他の誰でもない。次郎自身なのだと自分に言い聞かせる。 響姫は、ともすると消沈しそうな気力を、医師としての立場を思い出す事で浮上させた。 「何分経ってます?」 響姫は、二本目の血管の確保にあたっていた清水に確認した。 「負傷してからおよそ8分。発見してすぐに蘇生術を開始した」 気管挿管し、心臓マッサージを続けている。 組織は、生きている。 しかし、生体としての反応は戻らないままだ。 響姫は、里加子に交替して休むよう促した。 次郎から引き離されて、泣き崩れる里加子の声が、悲痛な響きで辺りを巻き込んでゆく。 響姫は、次郎の心臓マッサージを開始した。 あまりにも痛々しくて、涙が滲む。 務めて平静を保ち、響姫は組んだ両手を心臓の上に当てて、停止した心臓に補助運動を与えた。 全員の視線が、心拍モニターに注がれたが、反応は無い。 (――次郎……死ぬな) 祈りながら、その悼ましい姿を目の前にして、不意に響姫の涙が零れ落ちた。 止めようのない、抗い難い感情に支配されてしまう。 この痛みだけは、何度経験しても慣れるものではない。 「死ぬな、次郎! 逝かないでくれっっ!!」 次郎の魂が離れて行ってしまわないように、響姫は呼び続ける。 次郎の身体は、ただその圧迫に揺れるだけで、反応が戻る事はなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |